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日常からの脱獄| ラジオ深夜特急 オン・ザ・ロード【読書4】

沢木耕太郎の紀行文学を斎藤工が朗読するラジオ番組「深夜特急オン・ザ・ロード」を近頃聴いている。

本当は朗読を聴くよりも先に文庫本で読みたかったが、積読に埋もれ、すぐに読みはじめられず朗読が先になった。

バックパッカーのバイブルと言われている「深夜特急」がどんなものか、斎藤工の朗読はどんな感じなのかと思い、とりあえず試しにちらっとラジオを聴いて、そのあとは文庫本を読むまでのお楽しみとするつもりだった。

もうとっくに4月から放送はスタートしていて、radikoで遡っても途中からしか聴けなかった。とりあえず一番古い日付のものから聴いてみた。

ちょうどそれはタイのワット・ポー寺院の回だった。ワット・ポーなら知っている。のっけから興味を持って聴きはじめた。

主人公の沢木青年がワット・ポー寺院で現地の女学生たちと出会ったところだった。

なりゆきで彼女たちに簡単なタイ語を教えてもらう。そして楽しかったからまた明日もレッスンしてくれるよう彼女たちと約束する。しかし翌日、女の子たちは一向に来なかった。彼は振られたようだった。

「諦めた方がいいかもしれませんね。もう行きましょうよ」

と現地の見知らぬオッサンに突然、声をかけられる。そして心の声が漏れ聞こえてくる。

「何が悲しくて、かわいい女子学生のかわりに、この訳のわからないオッサンと行動を共にしなければならないのだ」

そんな斎藤工の朗読に思わず笑ってしまった。彼の朗読がユーモラスに感じて笑ったのか、それとも文章自体を面白く感じたのかどちらだかわからない。

女の子の立場になってみたら、そっくりそのままそのオッサンの言葉を沢木さんに返したいだろう、と思ってしまった。

彼女たちにとってはまさに沢木氏自体が「得体の知れない外国人のオッサン」であり、「なんでわざわざボランティアでタイ語を教えなきゃなんないのよ」という気持ちだろうと思って。

思いがけず自分のツボにハマったことで、旅の途中からにもかかわらず継続してラジオの朗読を聴くようになった。聴き逃した冒頭部分は文庫でじっくり読むことにした。


夜行列車や寝台特急に惹かれるのは昔からだ。なぜかはわからなかった。

学生時代、夏休みには「ムーンライトながら」という夜行列車に夜中に乗り込み、京都まで貧乏旅行をしたこともある。満員の夜行列車の狭い座席で夜中じゅう、うつらうつらしながら揺られ、翌日早朝から灼熱の京都を観光。若くてもさすがにキツかった記憶がある。

最近では、寝台列車サンライズ瀬戸にも乗った。特段電車好きでもないのに、なぜ夜行列車にそんなに惹かれるのかわからなかったが、ラジオ「深夜特急オン・ザ・ロード」を聴きはじめたことで合点がいった。

ラジオの冒頭でも流れてくることかあるが、文庫のエピグラフにこのようなことが書かれている。

ミッドナイト・エクスプレスとは、
トルコの刑務所に入れられた外国人受刑者たちの間の隠語である。
脱獄することを、ミッドナイト・エクスプレスに乗る、と言ったのだ。

『深夜特急』エピグラフ

ラジオではさらにこのように続く。

もしかしたら、
私にとっても、ロンドンへのその旅は、
日常という名の牢獄からの一種の脱獄であったのかもしれない。

TBSラジオ「深夜特急オン・ザ・ロード」より


腑に落ちた。たしかに深夜の列車には夜逃げする感覚がある。わたしは日常から逃げたかったのか。

現実から逃避したい気持ちが、寝台特急や夜行列車への憧れという形であらわれていたのだろう。

夜の闇に紛れて列車に乗れば、どこか遠くへ連れて行ってくれるんじゃないか。現実から逃れて自由を得られるんじゃないか、という淡い希望を感じていたのだと思う。

もちろんコロナ禍であったから、誰とも会話せずに移動ができ、しかも宿泊までできる個室がある寝台列車が接触回避の旅にもってこいだったという理由もある。

サンライズに乗ったのは、まだ夕方のニュースで毎日感染者数を速報として発表しているころだった。もしも会社の人に「旅行に行く」なんて伝えたら、険しい顔をする人もいたと思う。だから一切伝えなかった。

しかし勤務先では、会社関連で人がたくさん集まって密になることにはなんの疑問も持たないようだった。同僚や上司を大勢招待して結婚披露宴をひらいた社内結婚カップルがいた。

密になるな、集まるな、出掛けるなって散々言っている役員たちが密になり大集結していた。そんなに集まって出席した社員が全員感染したら、誰も会社に出勤できなくなってしまうではないか。人の行動をとやかく言うくせになんと浅はかな。

会社っていう組織は理不尽なことが多すぎる。労働者が職場のルールを守らないとものすごい剣幕で注意されるが、反対に会社側は同じくらい国の法律、労働基準法を遵守しているのでしょうか。

毎日に辟易し鬱憤が溜まっていた。息苦しいのはマスクのせいだけじゃなかった。日常という牢獄の中に完全に閉じ込められていた。

家と職場の往復だけが永遠に続くのではないだろうかと恐怖を感じた。理不尽に晒されすぎて、出来損ないのロボットのように思考停止のまま毎日をリピートしていた。

ワクチン接種を証明すれば安く旅行ができるキャンペーンだってやっていたし、なにも悪いことはしていない。なのに、楽しいことをするのは御法度な雰囲気だった。

不当なうしろめたい気持ちを抱え、職場の人に見つからないように、わたしは仕事帰りのその足で「ミッドナイト・エクスプレス」に乗りこんだ。


この時、一旦現実から逃亡したことで息ができるようになり、今でもなんだかんだ働くことができているのだと思う。逃げることは悪いこととは限らない。

またそう遠くないうちにサンライズに乗って、今度は瀬戸ではなく出雲のほうに行ってみたいなと思う。それまではラジオの「深夜特急」に乗車して、理不尽な毎日から少しでもエスケープしようと思う。




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