好きなものを人に「推す」とき、本質から外れたポイントをアピールした方が良いこともある
中学生の夏。
僕は、部活の合宿で長野県に来ていた。合宿と言ってもキツいものではなく、毎朝の湖一周ランニングを除けばとても自由で、「楽」なものだった。
夜は特に楽しかった。古風な旅館の狭い部屋に、男子が6人。部屋割りは自分たちで決められたので、ルームメイトは皆、仲の良い友人。楽しくないはずがない。
まだスマホが普及していなかった当時、僕らはクラスのマドンナの話をしたり、アイドルの写真集を見たり、学校の愚痴をこぼして盛り上がったり、サッカー日本代表の試合を観たりして、存分に楽しんだ。
練習内容の10倍は記憶に残っている。
そんな合宿が中盤に差し掛かったある晩、ドラマ「TRICK」が放送された。
友人の1人がこのドラマの大ファンらしく、この日は朝から「皆で一緒に見ようぜ」と部員たちをしつこく誘って回っていた。
「インチキ霊能力のトリックを暴くドラマなんだよ。話が本当によく出来てるし、笑えるよ。絶対面白いから!」
彼は力説し続けた。
しかし、この日の夜は皆で3キロ離れたコンビニに行く予定だった。夜の談笑のお供に、お菓子やジュースや雑誌を買いまくろうというわけだ。実に中学生らしかった。
ドラマなんていつでも観られる。僕はそう思い、彼の提案を断った。結局、軽い怪我をしていた1人を除き、全員が彼の提案を断った。今思えば、買い物も喫緊の用事ではなかったのだが。
僕たちが大量のレジ袋をパンパンにして旅館に帰った頃には、TRICKは終わっていた。
それから10年近く経ったある日。
僕は、TRICKがAmazonプライムで配信されていることを知った。
あの夏が蘇る。そういえば一日中魅力を力説してたなぁ、アイツ。どれどれ、観てみるか。
そんな軽い気持ちで再生ボタンを押したのだが、気がつけば夢中で見入っていた。
面白い。こんなドラマ初めてだ。本物にしか見えない霊能力・超能力を、売れないマジシャンとビビリの物理学者のコンビが論理的に解明する。ミステリアスな雰囲気の中に、くだらないギャグやボケが散りばめられている。ただくだらないのではなく、ストーリー全体のバランスを考慮し、計算されて配置された「意図的なくだらなさ」なのが素晴らしい。キャラクターも、美しさを極めた仲間由紀恵やヘタレキャラの阿部寛をはじめ、脇役まで全員が魅力的。全員のスピンオフを作ってほしいレベル。
ああ、自分はなぜ、こんなにも面白いドラマを、中学生の夏に観なかったのだろう。あの時観ていたら、人生が変わったかもしれないのに。ものすごく損をした気分がした。なぜあの時見なかった…
悶々としたのち、閃いた。
友人が「仲間由紀恵がめちゃくちゃ綺麗」という点を全面に押し出してくれれば、喜んで観たはずだと。
何も彼を非難しているのではない。このドラマを熱く勧めてくれた彼には感謝しているし、彼の言葉はTRICKの魅力を的確に表現していたと思う。
ただ、合宿でテンション爆上がり中の中学生を誘うには、あまりに理屈っぽかった。
「とんでもない美人を見れる」と誘う方が、遥かに効果的だったのだ。
おそらく彼も、今ではそう思っているだろう。(もう忘れている可能性が高いが)
何かをオススメするとき、我々はつい「自分が魅力を感じたポイント」を語りがちだ。
僕も、友人知人にJリーグをオススメする時はついそうしてしまう。
以前、パリピな知人女性にJリーグをオススメする際、「近年はかなりレベルが上がっている」だの「大物選手のプレーを見ることができる」だのと語ってしまった。
しかし…「相手に魅力を知ってほしい、楽しんでほしい」と思うのならば、少しでも相手が魅力を感じそうなポイントを列挙した方が効果的だ。
上の例なら、メインは「Jリーグにはイケメンがたくさんいるよ」とか「スタジアムでは色々開催されてて楽しいよ」で良かったのだ。レベルの高さや選手の話はおまけ程度で。
邪道だと思う人もいるだろう。確かに、イケメン選手やスタジアムイベントを理由にJリーグを推す行為は、本質からは外れている。しかし、本質ばかり語って興味を持ってもらえなければ、元も子もない。全くのゼロだ。
もちろん、本質的な魅力を語って相手が興味を持ってくれれば一番良いのだが、簡単なことではない。本質的な話は身内内ではウケるが、部外者にとってはどうでもいい話だったりする。
それより、本質から外れたところからでもいいから、相手に入ってきてもらう。相手は、本質でないところを楽しんでいるうちに、いつのまにか徐々に本質に近づいていく。それでいいと思う。
かくいう僕も、親に連れられて嫌々観に行ったのがJリーグにハマったきっかけだ。初めから本質的なところに魅力を感じてJリーグを観たわけではない。案外、そんなものだと思う。
ついでに、TRICKの2週連続再放送が決まったので、TRICKをオススメする場合についても書いておく。
1、相手がミステリードラマを求めていそうな場合
「ストーリーが作り込まれていて、トリックも論理的。意外にも本格派だよ」
2、相手が癒しを求めていそうな場合・美人好きな場合
「仲間由紀恵が天使のように美しい。阿部寛が可愛い。2人の掛け合いが楽しい。」
3、相手がコメディ好きの場合
「ミステリアスな雰囲気の中にギャグがふんだんに盛り込まれていて結構笑える。雰囲気も適度に明るい。不思議と気分が軽くなる」
相手が何を求めているのか、何に魅力を感じるのか。その判断は非常に難しい。
こればかりは、普段から相手を見ておく他に手段はない。
だが、分析するかのように凝視する必要はない。人付き合いをする上で必要な観察さえしていれば、相手が何に魅力を感じる人か、うっすらと見えてくると思う。何かを推す時は、そうして見えてきた的を外さずに、狙い撃ちする。
そうすれば、相手が興味を持ってくれる可能性は飛躍的に高まると思う。