マホウコーヒーの幻影を追って
8月にお気に入りの喫茶店が閉店した。
「MAHOU COFFEE」は、職場の近くにあり、1年ほど前から通うようになった。週1、2回はテイクアウトしていた。
深煎りのMAHOU BLENDか極深煎りのDBLENDを持ち帰りで頼めば、いまいちやる気の出ない日でも仕事が捗った。
これまで珈琲の味の違いはあまりわからなかったけど、1年間、珈琲屋の珈琲を飲み続ければ、味の基準になる。マホウコーヒーの珈琲は甘い香りで、深煎りの苦みと深みがあり、雑味がない。
壺屋の路地裏から、風車の置物とサボテンが迎えられて、10席ほどの小さな店内に入ると、珈琲の甘い香りが広がり、レコードからジャズが流れる。
テイクアウトでも、マホウコーヒーに行けば、気分を切り替えられた。
店内にはクッキーなどのお菓子も置いてあり、それがまた美味い。謝花きっぱん店の冬瓜漬が入った塩味もあるクッキーがお気に入りだった。
近隣のお店と軒下ジャズというイベントも不定期でやっていて、一度、昼休みに見れたこともあった。
閉店は、コロナの影響ではなく、店主の都合によるものだった。
閉店を告げられた後も、変わらず、週1、2回通った。いつもテイクアウトだったので、結局、店内で珈琲を飲んだのは一回きりになった。
仕事中に贅沢し過ぎだと思うが、マホウコーヒーと、最近、近くにできたパン屋で買ったマリトッツォは最高の組み合わせだった。これも一回きりで終わってしまったけど…
最後の週は、店内で売っている豆を買った。
今までも珈琲を買って、家で淹れることはあったが、挽いてもらって買っていたので、マホウコーヒーを飲むために、コーヒーミルを買った。自分で淹れた珈琲は満足とはいかないけれど、お店の味や香りを思い出すことはできた。
お店の味や香りは、普遍的で、そこにいけば、その空間とともに楽しめるような気がしていた。
個人のお店は、個人に依存し、思ったよりすぐになくなったり、変わっていくものだと気付かされた。
閉店し、豆もなくなり、飲めなくなった時、あの味は、もう飲めないかもしれないと思うと、その場所、味、香りが、日々の支えになっていたことを改めて感じた。
とは言え、珈琲を飲むことが習慣になっていたので、職場の近くで美味しい珈琲を探してまわった。
職場は商店街にあるので、喫茶店や、珈琲を出すお店は多く、最近できたお店も合わせて、5、6箇所は試してみた。
美味しい珈琲も見つけたが、マホウコーヒーを追い続ける限り、もちろん味は違うので、満足感は低い。
マホウコーヒーには、マンデリンが使われていて、それが甘い香りだと、お店の説明で書いてあったので、家で飲む豆を買っていたヤマダコーヒーで、マンデリンを買って飲んだ。
近づけば近づくほど、違いを感じる。もう自分でブレンドしてやろうかという気になってくる。
それでも味や香りは忘れていくものだと思う。思い出として、美化しすぎないよう、お気に入りの珈琲を探そうと思う。
お気に入りの喫茶店があることは人生が豊かになることだと思う。私を珈琲の世界に引きづり込んだマホウコーヒーが、また何処かで開かれることを楽しみにしている。