20.03.24阿部史典vs高梨将弘/王者が胸を張れる日のために。
3.24プロレスリングBASARA新木場大会のメインイベント、高梨将弘vs阿部史典のユニオンMAX選手権試合は、わずか1分57秒で終わった。序盤のグラウンドの攻防、探り合いの中で阿部がカニ挟みでテイクダウン。ここで阿部が離れてコーナーに戻る。岡田レフェリーはすぐに試合を止めた。レフェリーストップにより阿部の勝利。王座移動だ。
最初は何が起きたか分からなかった観客もいただろう。しかし徐々に状況が掴めてきた。高梨が足を負傷したのだ。カニ挟みは危険な技ではあるが、阿部としても狙ったフィニッシュではなかった。明らかにアクシデントで、つまりそれは“消化不良”ということになってしまう。
こんな勝ち方はしたくなかった。うなだれる若い新王者よりも先にマイクを掴んだのは高梨だ。
「泣くんじゃねえ! てめえがチャンピオンだ!」
さらにこう付け加える。
「必ずお前の前にもう一回立ってやる。強いチャンピオンでいてくれ」
病院に運ばれ、しばらく欠場することになった高梨。しかしリングを去る前に言うべきことをきっちり言った。痛みもあるはずなのに、見事としか言いようがなかった。
この見事さに、阿部は応えなければならないだろう。正直な心境としては、不本意な形でベルトを巻き、何をどうしたものか分からないというところだったはずだが、それでもチャンピオンはチャンピオンだ。相手のケガとはいえ“技”で勝ったのである。
「プロレスは闘いだから何が起こるか分からない。いつケガしてもおかしくないリスクの中で闘って。でも相手を壊すつもりはないし」
「こんな形で終わるのは申し訳ない......いや謝っちゃダメですね」
なかなか考えがまとまらない。つい「すいません」と言ってしまう。それではいけないと自分でも分かっている。
「最後に立ってたのは僕。プロレスは勝ち負けの世界で、レフェリーストップでも僕が勝った。だから胸を張らなきゃいけないんだけど、胸を張れないのが今の自分の弱さ」
だけど分かっているのは「高梨さんが帰ってきた時に、僕がチャンピオンでいなきゃいけない」ということだ。
プロレスはケガをしても、させてもいけない世界だと言われる。観客ありき、喜ばせたり泣かせたりして「次もまた来よう」と思わせるのがプロレスラーの仕事だと。まして新型コロナウィルスで、プロレス界は大会自粛が相次いでいる。こういう時だからこそ凄い試合を見せてやろうと、阿部はメインイベンターの責任感に燃えていたはずだ。
この日の阿部はそれができなかった。本人のせいではないし相手のせいでもない。けれどやはり落ち込んでしまう。その姿を見て「ダメなチャンピオンだ」とは誰も言えない。
試合に向けてのインタビュー記事(https://times.abema.tv/fight/posts/7047075)でも書いたが、阿部ほどセンス、プロレス頭のよさを感じさせる選手はめったにいない。そういう選手にも、予想もしない試練が襲いかかることがあるのだ。
プロレスの試合を見れば見るほど思う。プロレスという言葉を「出来レース」「馴れ合い」といった意味で使うのがいかに愚かなことか。
コメントを終えて、物販から戻り、ベルト姿の撮影もして、ふと素に戻った阿部が「どうすればいいですかね......」と漏らした。
「べつにどうもしないよ。お前がチャンピオンとしてやっていけばいいんだよ」
答えたのはBASARA代表の木高イサミだ。塚本拓海も続いた。
「もう一回(高梨と)やるまでベルト守ればいい話だろ」
とはいえ、彼らは彼らでいずれ阿部のベルトを狙いにいくのだろう。今は胸を張れなくても、高梨との再戦が実現した時に胸を張っていられればそれでいい。それまでに勝つべき相手はたくさんいるし、頼もしい仲間もたくさんいる。その両方が同じ選手だったりするのがBASARAでありプロレスの面白いところでもある。阿部史典の初防衛戦を楽しみにしたい。