天下一ジュニア開幕戦、今成夢人が起こした大番狂わせと大谷晋二郎の“懐”
プロレスの世界では「他団体からの選手参戦」は普通のことだ。所属ではない団体のユニットのメンバーになっている選手も多い。
そんな中、新鮮だったのが秋山準のDDTゲストコーチ就任&レギュラー参戦(からのレンタル移籍)と、ZERO1・天下一ジュニアトーナメントへの今成夢人の出場だ。
今成はガンバレ☆プロレス所属。DDT映像班のスタッフでもあり、つまり兼業レスラーだ。まあガンプロが小さい団体ということもあって、イメージとしてはメインが映像ディレクター。「レスラーもやってる」くらいの感じだろう。
たけど体つきを見るとどんどんどんどん大きくなっている。ガンプロのリングでは主役の1人。メインでタイトルマッチをやることもある。練習してなきゃできないことで、ガンプロユニバース(ファン)にしてみたら今成夢人は立派なレスラーなのである。しかし以前は団体公式サイトの選手名鑑にも載っていなかったんだと本人は嘆いた。そういう扱いとの闘いがガンプロそのものという感じだ。
その闘いを見てきたのがガンプロユニバースだ。けどユニバースと同じように今成をしっかり見ている人も業界にはいた。それに気づかせてくれたのが天下一ジュニア出場、ZERO1からのオファーだ。
どういう基準で、何を求められての出場なのかは分からない。けれどもとにかくZERO1が天下一ジュニアに、団体の“看板企画”の一つに今成が出ることになった。今成の何かしらが認められたということだ。しかも1回戦の相手はZERO1の象徴・大谷晋二郎である。
これは燃える。今成と大谷は過去に対戦したことがあったが、それはガンプロが大谷を招いた形。今成がZERO1に招かれるのは意味がまるで違う。なにしろ今成本人が燃えているのがツイッターからも伝わってきた。いや変な話、いまZERO1参戦でこんなに気合い入ってる選手も珍しいんじゃないかってくらいだった。
実際のところ、今のZERO1の活動規模は“インディー”ということになってしまう。だけどZERO1はZERO1であって、橋本真也が作り大谷晋二郎が支えてきた“名門”だ。今成の燃えっぷりで、あらためてそう感じた。逆にZERO1に対しては「よくぞ今成を選んでくれた」と思う。ブッキングのセンスめちゃくちゃイイじゃないですかZERO1、という。お互いにとって非常にハッピーな「他団体選手参戦」だった。
7月5日の新木場1st RING。ZERO1にとっては有観客興行再開となる大会だ。会場に着くと、バックステージで今成のセコンド、翔太と冨永真一郎に会った。「揃ってきましたね“ガンプロ勢”が」と翔太。それは筆者のことだけではなく、客席のガンプロユニバースのことも言っていたんだろう。ちょっとこれは見とかないと、という気持ちのユニバース、けっこう客席にいたと思う。
そこで今成が何を見せたか。勝ったのである。大谷の攻撃に必死に立ち向かって、食い下がって、その粘りに慌てたのか大谷が急所を蹴る場面もあった。「あっ、金的(桜ヶ丘)の金的が...」と思ったりもしたが、それはともかく。
とにかく頑張るだけ頑張って20分時間切れ。2カウントルールの延長戦となり、ここで今成がサムソンクラッチ。一瞬の丸め込みで大逆転だ。トーナメントやリーグ戦は“魔物が棲む”というのか番狂わせが起きやすい。2カウントフォールのイレギュラーなルールでもある。
けれどもだ、それにしたってだ。今成夢人が大谷晋二郎に勝ったのである。大変なことが起きた。いやもう、これから身内でもなんでも今成にナメた口きく同業者がいたら「あなた大谷晋二郎に勝ったことあるんすか?」くらい言ってやればいいですよ。インディー団体の、そのまた系列団体の、業界的にはかなり端っこにいるはずの人間にしてみたら、これは一生ものの勲章だ。
ZERO1のリングに上がったことも、大谷に勝ったことも信じられないと試合後の今成は言った。でも彼には彼なりのプロレスへの思いがあった。
「大谷さんはプロレスを背負いすぎるくらい背負ってると思うんですよ。でも僕は僕なりの形で、プロレス界にいる人間として力になりたいと思ってるので。今日は大谷さんが背負ってるものを感じましたけど、俺も背負ってるので。
このコロナ期間、何もしなかったわけじゃない。徹夜で映像の編集したのだって、プロレスを続けさせるため。そういうことが俺の意地にもエネルギーにもなってる」
これは常々感じることだが、今成にとってプロレスラーであることと映像製作者であることは不可分になっている。「映像の仕事なんて凄い大変なのに、その上プロレスなんてよくやれるな」ではなく、同時進行だからこそできている部分もあるようだ。被写体=取材対象からエネルギーをもらうこともあるし、徹夜で作業すればしたでプロレスへの飢餓感が高まったり「チクショウやってやる!」という闇雲なパワーになったりもするのが今成夢人という男だ。
そしてとにかくプロレスにどっぷり浸かりまくった生活。それは自己実現でもあるし、個人的なトラウマや性癖を全開にするのも今成らしさなんだけれども、やっぱり団体のため、業界のためという部分がある。無観客試合の映像配信はDDTにとって新しい試みで、それはDDT映像班にとってもチャレンジだった。
緊急事態宣言下、今成はレスラーとしての出番こそ少なかったけれど、団体と業界に貢献していた。ファンと向き合ってもいた。いやそれはリングアナも広報もあらゆる裏方含めて、みんなで緊急事態を乗り切ったし、それはこれからも同じだ。そういうことに気づかせてくれるレスラーだということだ、今成は。
敗れた大谷もまた凄まじかった。コメント中、何度も何度も「チクショー!」「悔しい!」と言う。あげく「敗者復活とかねえのか? ケガ人出たらいくぞ。年くっててもオレが一番元気なんだ」とまで言う。
今成の成長を余裕で称えるのではなく、これでもかというほど悔しがる。それが今成への評価、大谷晋二郎というレスラーの“懐”という気がした。悔しいのは全力でやったからなのだ。
「前回やった時も今回も顔クシャクシャにして向かってきやがった。お客さんがいる興行を再開できて、そこで今成とやれたのが嬉しい。アイツがどこの団体で、どんな戦績で、強いのか弱いのか。そういうのは関係ねえ。アイツが誰に勝ってるのか負けてるのか、関係ねえんだ。オレの前に夢人が立つと火がつくんだよ。前回負けた時も今回勝った時も熱い涙流しやがって。しみるじゃねえか」
前回のガンプロでの対戦をしっかり覚えていて、それがここにつながっている。大谷にとって今成は「いつだったかどっかのリングでやった若いヤツ」ではなくて「大谷晋二郎と今成夢人の物語」があったのだ。以前インタビューした際には、公開特訓の相手を務めたアップアップガールズ(プロレス)のことも聞いた。その時のことをよく覚えていて、その後の活躍も気にかけていると言っていた。
いろんな相手にいろんなものを与え、残しながら、自分の中にも相手の存在を刻んでいく。何かを感じたら確実に心に留めて忘れない。それはつまり、今成夢人だろうがアプガ(プロレス)だろうが、どんな舞台のどんな場面もまったくナメてかかっていないということだ。
やっぱ凄えな大谷晋二郎。今成夢人に敗れたことで、そういうふうにも感じたのである。
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