今が結構人生の底ってくらいしんどい人へ
たった1ヶ月なのに、私が生きてきた中で1・2を争う様な大きな出来事が立て続けにあった。
ーーちょうど1ヶ月前、1月16日に母が倒れた。
くも膜下出血だった。
手術は、8時間にも及ぶ大手術だった。
手術を待っている間、父と二人きりで待合室で過ごす時間は、
すごく不思議だった。
こんな時に言うのもなんだが、父は超がつくほどのドケチで、
幼い頃に、父から何かを買ってもらった記憶などは片手で足りるほどなのだが、「おい、なんか飲み物飲むか?」と、ジュースを3本も買ってくれて、ちょっと感動してしまった。
・・お父さん、大人になったやんと。(何様)
手術が終わり、主治医に呼ばれ父と説明を聞く。まるでドラマのワンシーンの様で実感がわかない。並べられた母の脳のレントゲンと脳の血管の写真。脳の血管にはポコっと歪な瘤があり、それが破裂したとのことだった。
覚悟はしていたけれど、何倍も残酷な結果で、
父も私も無言になる。
みなさん、公正世界仮説と言う言葉を聞いたことがあるだろうか。
これは、「努力は報われる」など、良い行いをすれば良いことが起きるという、この世は公正であるという考え方に基づいた心理バイアスのひとつで、
反対に、悪い結果が起きた場合、この心理的バイアスによって、
きっとその人が悪いことをしてから、起きたのだと、私たちは考えてしまうらしい。
そうやって、我々は、
「自分は何も悪いことをしていない」だから「悪いことが自分の身に起こることはない」そう考えて、心理的安全性を保とうとするのだ。
母の出来事があって、私もこのバイアスに苦しめられた。
ーー何が悪かったのだろう?
ーー何か悪いことをしただろうか?
ーーなぜ、母が?
答えのない問いが、一日中頭の中をぐるぐるして、
私と、家族の日々を暗くした。
あの日から、ずっとずっと考えていたけど、
答えがわからなかった。
そんなの当たり前だよね、だってそもそも答えなんてないのだから。
だって、母は何も悪いことしてないし、
それとこれとは、全くの別問題なのだもの。
こうやって、切り離して考えることができた時、初めて素直に泣けた。
ただただ悔しいし、悲しい。ほんとに。
いま、めちゃくちゃ辛いことがあって、
どん底で、悲しいことがあって、
なんで私が?私、なんか悪いことしたかな?って思っているあなたへ。
あなたは、全然悪くないから大丈夫!
それとこれは、全く別問題です!
(どうしてもこれを言いたかった!)
人生、予測不能なことばかりで、
もう、本当に本当に本当に落ち込むし、
前向いて歩けない日もあるけど、がんばれ。
(私も、がんばる!)