私は変わってないよ。相変わらず人に刺さる位には尖ってるよ。心配いらないって。
失ったからこそ得たのだ。死が生を、生が死を強調し合うのだ。
今私は、言語化も具現化もかなわない感情に浸されている。あたたかいような肌寒いような、何かに恋い焦がれるような。 ウズウズしている。少しの不安と果てしないワクワク。 ただひとつわかっていることは、これを形に出来たのならきっと絶対に素敵なものになるってこと。 無限の可能性で涙が出る。
多方面から流れてくる情報だが、結局その範囲はとても狭く重複した状態である事に恐怖心をおぼえる。知らぬうちに喜怒哀楽を操作されている感覚だ。事実それはあながち間違いでは無いと思っている。
結果(本人にとって)正しいか間違いかは別として、自分が進むべきためのoutputは大切な行動の一つだと思う。
守りたいものの為なら悪事もはたらくのが人間だとするなら、正しさも美しさもそれらは全て醜さから生まれるのではないか。 それを綺麗事のように美しく魅せるのもまた人間だ。 美しさのなかの醜さを見逃してはならない。その醜さを知らずして美しさなどわかろうものか。