人はいつかは死ぬわけだし、ぼくは自分のnoteを消そうとは今のところ思っていないから、長い長い……遺書みたいなものかもしれないな。 と、死ぬ前に遺書を書くつもりのない私がふと思ったりして。 生きた証を残して、遺しておきたいのは、「死にたい」からです。……「助けてほしかった」から。
どうしてもにおいや、それを嗅がされた後に出てくる頭痛や肩の痛み、身体のかゆみがしんどくてここで愚痴ってしまうけど、気をつけたいのは彼らだって何も知らずにそうなってしまったということだ。 わかっている。でもね…無知は罪、なんだよね…私は断罪できるような人間じゃないけど。
学校にも会社にも行かなくていいわたし。こんな幸せがあるか。家の中で、歌ったり泣いたり。好きに過ごせる。10時間寝て、YouTube を10時間見る。趣味がないのは残酷だ。生きるのに飽きたよ。いつ死ねるのか。そのとき吐き気が終わるんだ。関節痛も消える。早くその日を迎えねばならない。