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【エッセイ】御殿山を歩く③〜坂道編〜

前回のあらすじ]
僕は世界線(バース)を超え、未踏の地・御殿山駅に降り立った。


 改札を抜けた僕の目に、まず飛び込んできたのはロータリーだった。御殿山駅は小さな駅である。飾り気のない、住宅地に隣接する正に「生活の駅」といった風情だ。その小ぶりな駅舎の東隣に、綺麗に舗装・整備されたロータリーが駅の威容を誇るようにどっしりと構え、駅全体を実際よりも大きく見せていた。

――これは恐れ入った。

 正直、御殿山のことを舐めていた。先制パンチを食らった気分だ。まさかこんな立派なロータリーがあるとは…。

 京都側にある京阪本線の駅で、ロータリーのある駅というのはちょっと思いつかない。総じて、住宅地の中、隙間に挟まるように細長く配置されているか、市街地の地下に潜っているイメージだ。
 同じ京阪でも宇治線に入ると少し違っていて、京阪宇治駅などは駅舎・ロータリー共に威風堂々と頑張っているし、また京都駅の南側を奈良に向けて走る近鉄線・右京区から大阪方面に伸びる阪急線・各種JR線などはいずれも大きな駅舎・ロータリーを有する駅がすぐ思い浮かぶ。なるほど、要するにマイカーで車移動をする人が多い土地・車移動の必要性が高い土地では駅の敷地も大きく、ロータリーが設置されるのだ。当然と言えば当然の話なのだが。
 しかし京阪本線である。京都市の市街地を貫くように走るこの路線には、ロータリーのイメージは全く無かった。京都市は中心に近づけば近づくほど、車移動の必要性が希薄なのだ。そこへ来てこの御殿山駅の堂々としたロータリーはどうだろう。さっそく生活文化の違いを見せつけられた気分だった。ここは本当に京阪の駅なのか。

――知らない町に来たんだ。

 さっきまで名前も、その存在すら知らなかった町。しかし今、確かに僕はここに立っている。ロータリー沿いのガードレールに体重を預け、しばらくそうしていた。御殿山の空気を吸い込む。歩こう。そう思って目の前に続く道を見上げた。――そう、見上げた。坂道である。これも、京都市内ではあまり出会わない代物である。御殿山は坂の町なのだ。環境が、町の成り立ちが、生活文化が、何から何まで違うのだ。

――知らない町に来たんだ。

 異文化を噛み締めながら坂を登る。
 道の両側に並ぶ何の変哲もない住宅、個人商店、鄙びた喫茶店。日本のどこにでもある風景と言えるだろう。でも、知らない道しかない。知らない店しかない。それがとても心地良くて何故だかホッとした。懐かしいような気さえしてくる。そこにあるのはただただ「生活」であり「日常」だった。日本中の町に、僕の知っているそれと大差のない、似たような「生活」があり、同じような「日常」がある。住宅地の風景なんてどこも変わり映えはしない。でも、それでも、実際にそこに行かないと、そこのことを「知っている」ことにはならないのだ。出会っていない町のことは分かれない。例え名前を知っていても、写真で見ていても、歴史を調べたとしても、その町の地面を踏み、空気を吸い、直接触れてみるまでは、やはりそれはマボロシ、蜃気楼のようなものなのだと思う。僕の中で御殿山の町が少しずつ実体を伴い、像を結んでいく。この町の「日常」に、これから少しだけ触れられることが嬉しかった。

坂道にあった駄菓子屋。
ひさしの幌が無いと不安になる。
たこ焼き・お好み焼きが尋常じゃなく安い。
この日は既に閉店した様子で残念だった。
この小屋の、
ここの、
この部分だけ、色や質感が急にオモチャみたいだなぁ、
とか、そんなことを考えながら歩いている。
というか、その後ろのこれが気になる。
何だろう、このひし形は。トマソンかな。



 坂道の途中、横にさらに傾斜のキツい細い坂道が現れ、その道の両側には「御殿山神社」の幟が立っている。御殿山――そうか、坂の町というより山の町なのか。このあたりは、御殿山という山を中心に出来た町なんだ――この坂道こそが、御殿山だったのだ。
 ならばいったん、登らねばなるまい。御殿山に来て御殿山に登らずなんてことは、あってはならないだろう。僕は道を曲がって山頂の神社に向かい、とりあえずの参拝を済ませた。一瞬だった。山と言っても、傾斜こそあるものの舗装された道路を3分も歩けばつく程の小ぶりなものだ。ちょっとした丘というか、やはり「これは山だ」という意識をもって臨まねば、「坂道を歩いていたら神社に着いた」という感想になるだろう。住宅も普通に建っているし、山を中心に町が出来ているというより、山が住宅地に飲み込まれているという感じに見える。
 しかしさすがに高低差はそれなりにあって、一帯を見下ろし眺めることは出来た。麓まで、山の傾斜にへばりつくようにして沢山の住宅が密集している。とりあえず、登って来た小道とは別のルートで、降りて行ってみよう。
 僕はまたフラフラと歩きだした。

(続く)

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