加奈
「ところでマスター。あの娘、常連さんかい?」
つまらない仕事帰り、久しぶりの一杯だった。
ひととおり雑談を終え、安いバーボンを注文したあとだ。
カウンターの隅にふっと目を向けると、
彼女が座っていた。
カラカラとグラスの氷をかき回す仕草が、
どこか寂し気で物悲しくも見えた。
黒曜石のように光沢のある長い髪が、
まるで無数のヘビのようにうねって垂れている。
「ああ、あの娘か。最近ちょいちょい来てくれるんだよ。
・・・・美人だろ?」
ーーチッ、なんだそのニヤけたツラは。
いい年こいてまだ客に手を出してんのか ーー
このマスターとは長い付き合いだ。
俺が駆け出しのころには随分と世話になった。
だがそれも昔の話だ。
「そうだな。
・・・連れは、いないみたいだな」
この仕事を長くしていると、人間ってヤツを
イヤでも観察するクセがついてしまう。
服装、髪型、時計、アクセサリーなんかから
その人間の人生ってモンが薄っすらだが透けて見えてくる。
「あの娘に、これ一杯。頼むよマスター」
荒れた指先でグラスを小突くと、乾いた高音が
中でかすかに共鳴した。
「イッヒヒヒ、どうしたんだ?珍しいなァ」
このヒゲおやじ、見た目は品がいいんだが、
中身がすこぶるゲスに出来てやがる。
「るせー。早くしろよ。帰っちまうだろ」
これが加奈に会った、最初の夜の話だ。
上の水無月さんのイラストを使わせていただきました。
神秘的な目に惹かれてしまいますね。
この物語の主人公もきっとそうだったんでしょう。