ダサかった元彼、あいつ元気かなと思った日
ひょんなことから、元彼のTwitterアカウントを見かけた。
あの頃よりフォロワーが減っていることに気づいた。
今はもう、記憶の遥か彼方。
正直、彼がどんな顔をしていたかもはっきりとは思い出せないし、フルネームも定かではないが、せっかくお酒を飲んだので思い出してみる。
当時、大学生だった私にとって、彼は不可思議で面白い存在だった。
誰が見ても明らかに自分よりハイスペックな相手の容姿を馬鹿にし、ネットで覚えたイキリ仕草で自分の好みではない「普通」の女をこき下ろした。
狭い居酒屋の向かいに座る、可憐で清楚な可愛らしい先輩を讃称し、隣に座る彼女を「ブス」と呼んだ。尊大にも彼が「先輩と付き合えばよかった」と言ったときには、流石の先輩も凍っていたけど。
自分以外が気まずくなっていることなど、お酒の力で気が大きくなった彼は気にも留めない。
可憐な先輩は黙って苦笑いし、時折私の顔を見ていた。
自分のことは全部棚上げして、
頼んでもないのに勝手に他人を査定するやつと付き合いたい人がいる?
あ、彼女いるんじゃん。
とでも言いたそうな表情。私にはそっちの方が刺さってしまった。
私だって、彼がこんなにダサいとは思ってなかったから。
私は狭いボックス席の端で砂肝を食みながら、彼に対して心の中で質問する。
お前ん家って鏡なかったっけ?
こんなこと言ったら泣いちゃうだろうなと思った。泣いちゃったら可哀想だけど可愛いかな、カウンターに弱いボクサーみたいだな、と。
今思えば何とまあ、アホらしい。
彼は親の金で良い立地のマンションに住んでいた。最寄駅から徒歩十分もかからない、築浅でまだ外観も綺麗な学生向けマンションだった。家賃は地方一般職で就職した新卒の一ヶ月分くらいはあったと思う。
彼はそこで、毎月家賃とは別に振り込まれるお小遣いだけで生きていた。
バイトもせず、僻な日中ゲームに勤しみ、適当に講義や課題をやり過ごし、バイトもせず、Twitterで見かける人間を小馬鹿にしながら生きていた。
ダサかった。
その辺の売れないバンドマンよりも、駆け出しのYouTuberよりも、プロゲーマーを目指す中高生よりも、何よりもダサかった。
しかし、それが私には面白かった。
最初から最後まで彼の生態は理解できなかったが、私にとってはそこだけが輝いて見えていた。自分とは違う生き物として、拾ってきた昆虫を虫籠に入れて眺める感覚でいる分には何も問題なかったのだ。
自分が馬鹿にしている相手から「お前よりはマシ」と論破されて泣く姿が見てみたいと思うこともあった。しかし、その日は最後まで来なかった。
その日が来るより、私が彼に飽きる方が早かったようだった。
ある日の会社帰り。
私は突然思い立ち、「別れよう」とだけメッセージを送った。
一つ前の連絡は私が送信した「今週もそっち行くのやめとくわ」だった。
社会人一、二年目は思っていたよりも余暇が充実していた。土日祝日、残業終わりの花金は居酒屋で過ごすことが増えた。
その頃の私には、彼の元に行く理由がなかった。
彼といることはすっかり退屈だった。
カーテンの閉まった湿度の部屋、貰い物の静音キーボードを強く叩きながら悪態をつく、あの小さく丸まった背中を眺めていたくはなかった。
たまたま会った日は「だったらもう一緒にいるメリットってないよね」と言いかけてやめるのを繰り返し、声をかけるのをやめた。ヘッドセットを外して振り返る姿を見ようとすらしなかった。
最低限のコミュニケーションすら面倒になってしまっていたのである。
乗り換え先を見つけたら、あとは笑えるくらい早かった。
メッセージでジャブを打ち、通話でごねる彼を面倒くさそうにあしらった。郵送で合鍵を回収し、会いに来られる前に新居へ引っ越した。
新しい彼氏はニンゲンだった。あいつのように昆虫を愛でるような気持ちにはならない。対等な関係というのは新鮮だった。
私のことを馬鹿にもせず、下げるような発言もしなかった。こっちの方が健全でいいじゃん、と思うのに時間は掛からなかった。
私は未読無視していたメッセージもそのままに、あいつのSNSを全てブロックした。削除する前、縋り付くようなメッセージが目に入り、それが可哀想で可哀想で、心底気持ちよかった。
虫籠の掃除はこうしてさっくりと完了する。
庭に中身をひっくり返し、足で適当に平すのと何ら変わりはない。
冒頭に戻る。
私はひょんなことから元彼のTwitterを見かけた。
プロフは更新されているにも関わらず、フォロワーがあの頃よりも減っていることに気づいた。
当時、彼のことをソフレと呼んでいた人も、大学一の親友と言っていた人も、可愛い後輩だと言っていた先輩も、いつの間にか彼のフォローを外しているようだった。
私もつくづく性格が悪いのだが、彼のことがあまりにも可哀想で可哀想で、大変愉快な気持ちになった。
「この俺が認める最高のメンツ」として囲っていた相手が、自分からそっと離れていくのはどんなに心が軋んだだろう。
それに気づいたとき、ベッドでスマホを握りしめ、相手がフォローしている中に自分がいるかどうか確認していたかと思うと口角が上がるのを堪えきれない。
あーあ、あいつ元気かな。
今もどっかで下を見ながら生きて、悲劇の主人公面してたら面白いのにな。
もう会うことも、すれ違うこともないだろうけど、たまにはこうやって、五年に一度くらいは酒の肴に思い出してあげる♡
終わり
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