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社会福祉協議会という神

10年以上前に別れた元夫から手紙が来て
孤独死しそうだから米を送ってくれと頼まれた話は前回書いた。
なんでやねんと思いながら、人命には替えられまいと思って何千円かを支払い、送料無料の特典などを利用してお米を送った。

さらに翌日、社会福祉協議会へ行き、これこれこういうことになっていて、あまり猶予はないように思いますと伝えた。すぐさま市役所と連携をとってくれ、困窮担当という方と、生活保護担当という方と、住まいの相談に乗ってくれる方などで、出向いてくれることになった。神だと思った。
これも前回書いた。

そして、あとはもう知らないわ~と一旦は思ったのである。
しかしどうにも気になることがあった。

「明日、ご自宅へ伺って、緊急の食料をお届けします」という神様としか思えない提案をしてくださったことがありがたすぎて、つい私は
「外から呼んでも出てこないかもしれません。とってもへんくつなので。
気を付けて行ってくださいね」
という言わなくてもいい忠告をしてしまった。
それを聞いて、神はちょっと表情を曇らせ、
「出てこられたらいいのですが、出てこられない場合は、出てきたくないから出てこないのか、中で倒れておられたりして出てこられないのか、わかりませんね」
大吉先生似の社協職員さんは、そうつぶやくように言うと、ひとり小さくうなづいたのだった。

家から出てこないとしたら、へんくつな性格のせいだと思うが、可能性としては別にもあるということか。
本人も心配していた、いわゆる孤独死的な?
さすがにそんな直球は投げられなかったが、出てこなかったらどうするのか聞いたところ、
その日は帰るしかないということだ。そして、警察の出番となるようだ。
警察が踏み込んで、中で倒れている人を発見するの、、、?
そんな気の毒なこと、、、

10年以上前にこどもを連れて家を出たとき、私はちゃんと鍵を閉めて出て行ったので、今も鍵は持っているはずだ。
倒れているなら、鍵を開けて中に入り、救急車でも呼ばなくてはならない。
そんなことはないとは思うが、あるかもしれない。
息絶えていたらどうしようもないが、息絶えかけていたら救急車にお世話にならなければならない。
他人なんだから放っておけばよいものを、
鍵を持っている私も、神々に同行することになったのであった。

書き忘れていたが、山の向こうの谷の向こうの獣道の向こうにあるぽつんと一軒家まで、わざわざ出向いて行って生存確認をしなければいけないのは、電話がつながらないからだ。
固定電話は「現在使われておりません」のアナウンス。
加えて、携帯の電波はまったく立たない秘境の地なのである。

翌日の午後3時に、社協の大吉先生や市役所の方と、山のふもとで待ち合わせる。
10数年前には、とにかく逃げ出したくて、家族であることを解消したくて、別れた相手である。なんでわざわざ出向いていくのか。
手紙を受け取ったときと同様に、げんなりする。
げんなりを止められない。
あぁ、ほんとうにげんなりだ。

私は自分の車を元夫に知られたくなかったので、大吉先生の車に同乗させてもらった。
誰も知らない秘境の地なので、道案内をさせてもらいながら、山をのぼり、谷を下る。
あぁ、本当にげんなりだ。(しつこいけど本当にそれしかなかったんです)

そして到着だ。
なつかしい我が家。大好きだった家。家はしっかりまっすぐ建っていた。
しかし草が生い茂り、廃屋のようだった。
廃屋のようだが、思ったよりもちゃんと建っているなぁと思った。

車を降りて、草がぼうぼうに茂る光景を前に、大吉先生はややちゅうちょした。
それはそうだろう。
もう突撃だ。突撃するしかないのだ。私に助けを求めてきたのだから、連絡もせずに勝手にやってきたからと言って、そんなにすごんだりはしないだろう。
なにしろ、連絡もせずにやってきたのは、連絡のしようもなかったからだ。
とにかく呼びかけてみるのだ。行け、私。

「こんにちはー!!」
驚くほどお腹から声が出た。有無を言わせない「こんにちは」だった。
3回こんにちはを叫んだ。あいさつの「こんにちは」ではなく、気合を入れるための「こんにちは」だった。

あんなにげんなりしていたのに、最高の「こんにちは」を発声することができ、なにか勝利を得たような気持だった。弱気になったらだめなのだ。

この勢いに気圧されたのか、ガラス越しに見えた元夫と思しき人間が、少し慌てた感じでドアを開けた。
そして、よろよろと外へ出てきた。
いやー、よかったですよ。生存確認。お米を送ってあげたからかな。

このあと元夫と、社協の大吉先生、それから2人の市役所の人とで話をした。
あまり前向きな話ではなかったがそれはそんなもんだろう。
お米を送り、生存確認をし、行政につないだ。
もう今度こそ私の仕事は終わりだ。よいことをした。

徳を積むとはこのことだ。

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