「最強の三重人格者」第2話
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本文
疲れているのだろうか。
朝から幻覚が見える。
『最悪だぁ!! なんだこの貧弱な肉体は!!』
『最悪の事態です……こんな魔力の低い肉体とは……』
金髪の筋肉質と、銀髪の美形がなにやら嘆いている。
「………………」
俺は無言で、手を伸ばす。
スカ……
彼らは実態がなく、手が通り抜ける。
やはり幻覚だろう。
自分で気づかないうちに疲労が溜まっていたのだろうか。
『こいつ、自我があるのか? 俺の身体でもないのか?』
『あなたも、転生で?』
『あぁ。俺は最強の剣士アルデ。より強敵を求め、転生……の予定だった』
『なるほど……私は賢者ケトン。どうやら、我々は転生に失敗したようですね』
なんだこいつら。
幻覚同士で会話を始めたぞ。
パンッ!!
俺は両手で自分の頬を叩く。
こういうときは、とりあえずコーヒーである。
俺はキッチンへ行き、コーヒーを入れる。
「病院は行っといた方がいいよな……」
『状況を見るに、私たちはこの人間が転生先だったようです』
『嘘だろ……こんな軟弱なやつに?』
なにやら幻覚に言いたい放題言われている。
ちょっとムカつくわけだが、所詮は幻覚……さっさと病院に行くべきだろう。
俺はコーヒーをすすりつつ、会社に電話をする。
「もしもし、塚藻(つかも)です。 急で申し訳ないのですが、本日遅れて行きます。
はい。 体調不良……の一種だと思います。 病院に行ってから出勤します」
しかし、この症状は明らかにダンジョンの影響だよな。
世界各地にダンジョンが発生してから、これまでの病院では対応できないものも増えた。
例えば、ダンジョンで受けた傷や毒だ。
これらには、ヒーラーの回復魔法が一番効く。
薬などの抗生剤を飲んだところで、ほとんど意味がないわけだ。
「ヒーラーがいる病院は高いんだよなぁ……」
俺は身支度を整えると、病院へ向かう。
『おい!! なんだこれは!?』
『私も見たことがない魔道具ですね』
さっきから、蛇口や家電、それからエレベーターなどを見て幻覚が質問してくる。
「………………」
無視だ。
なぜなら幻覚なのだから。
『しっかし、すげぇ建物だな』
『私がいた世界よりも、はるかに文明が進んでいるようですね』
いや、でも待てよ?
俺は立ち止まると、幻覚の方を向く。
「あのさ、お前らはずっと俺についてくるわけ?」
『ついていくってか、離れられないんだよな』
金髪の男は、困ったように言う。
そして、銀髪の男の目が不思議な色に輝く。
『ふむ……どうやら我々は肉体と魂を共有しているようですね』
「………………」
うわ……気色悪……
幻覚に質問した俺がバカだった。
さっさと病院に行こう。
俺は早足で病院に向かう。
□□□
「異常は確認できませんね」
「えぇ!? 今もそこに二人の幻覚が見えてるんですよ?」
『おい、俺は幻覚じゃねぇって、転生の失敗だ』
『まぁ魔力の低い人間では、なかなか自体が理解できないのでしょう』
なんかムカつくんですけど。
「おそらくダンジョンの影響でしょう。 もっと大きな病院か、大手ギルドのヒーラーに診てもらうのが良いでしょうね」
「はぁ……」
マジかよ。
大手ギルドのヒーラーなんて高過ぎて無理だよ。
「こういった症状は時間が経てば治ることもあります。
しばらくは様子を見たほうがいいですね」
「わかりました……」
この状態で、仕事行きたくねぇな……
□□□
「塚藻くん、体調が悪いなら無理をしないほうがいいぞ」
上司の濱(はま)さんが心配してくれる。
「いえ、大丈夫です」
幻覚は見えるが無視すればいいだけだ。
幸い幻覚たちは、車や建物をキョロキョロと見ていて俺には話しかけてこない。
さて、午前中の分も片付けないとな。
俺はパソコンを開き、業務に入る。
俺の仕事は、ダンジョン産アイテムの査定、買取だ。
ハンターたちがダンジョンから持ち帰ってくるアイテムを会社のデータベースを参考に査定、買取をしている。
「おぉ、塚藻。いいところに来たな。ちょっと面倒な客が来ちゃってさ。査定頼んでいい?」
「面倒な客ですか……いいですけど、今度寿司奢ってくださいよ」
「おいおい、寿司限定かよ。ま、いいけど。頼んだぞ元ハンター」
「はいはい……」
買取って欲しいアイテムを持ってくるのはほとんどがハンターだ。
だから、やっかいなことに腕っ節が強いし、最悪の場合魔法も使える。
買取に納得しないやつってのはしょっちゅう出てくる。
そして、俺は元ハンターだから、やばそうな客は俺が対応することが多い。
「お待たせしました」
目の前には、いかつい男が座っている。
鼻と耳にいくつもピアスをしていて目つきが悪い。
いかにもって感じだ。
「おっせぇよ!!」
ガンッ!!
男はカウンターに両足を組んで乗せる。
「俺はC級ハンターだぞ? お前らと時間の価値がちげぇんだ。わかるか?」
「申し訳ございません。買取のアイテムはこちらでよろしいでしょうか」
「おい!! 勝手に話を進めんなって……お前」
男は俺を見て不敵に笑う。
「おぉ!! お前、知ってるぞ!! ハンター崩れだろ!!
兄貴が有名だったハンター崩れだ!!」
「………………」
確かに俺は元ハンターだ。
しかし、無名の元ハンターである。
何故こんなところに俺を知ってるやつが?
「知ってるぜ!! 怪我して引退だろ?
いやぁ、まさかこんなところでアイテム買取やってるなんてな!!
笑えるぜ、なぁハンター崩れ」
「お客様、それは買取には関係がございません」
見かねた濱さんが、間に入ってくれる。
「うるっせぇな!! 俺は客だぞ!! おい!! なんとか言えよ、ハンター崩れ!!」
「………………」
『おい、ちょっと身体借りるぞ』
金髪の幻覚が、俺の身体に重なってくる。
え?
突如体の自由が効かなくなる。
「「「…………………」」」
ピシィッ!!
無言、無音にもかかわらず、周囲に強烈な圧力が広がる。
目の前の男、濱さん、社内の人間が全員無言になる。
これは何かしらのスキルか?
強力な威圧が、俺とその周囲に広がる。
しかし、おかしい。
俺は威圧スキルなんて使えない。
そして、体の自由が効かない。
「おい、クソ虫が……ミンチにしてやろうか?」
そう言ったのは俺だ。
ガタッ!!
男は椅子ごと後ろに倒れる。
身体は小刻みに震え、目には涙が溜まっている。
「………………」
言葉も発することができないようだ。
『げ!! もう時間切れか?』
金髪の男が俺の身体から抜けている。
すると、あたりに広がっていた圧力がなくなる。
「く、くそ!! なんなんだ!!」
男は立ち上がると、走って逃げていく。
身体を借りるって??
この幻覚……幻覚じゃない?