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【It is IT, is it?】Case:0002 IT技術者が仕事内容を説明するのは難しい

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私は御崎みさき 明香里あかり(32)。都内の中堅IT企業で働いている。

Part.A よくある質問

夫の(33)は、非IT系のエンジニアだ。現場で機械を扱ってはいるが、情報通信の技術には明るくない。

「前にも聞いたような気がするんだけど(※1)、明香里さんはどんな仕事をしているの?」

こんなことを時々聞かれるが、業界の名誉のため、無下にせず都度ちゃんと答えることにしている。


1) IT系はよくわからないが故に、非IT系の人に話しても一度では覚えてもらえないことが多い気がしている。



「んー、ざっくり言うとIT系の技術支援の仕事をしてるんだけど、じゃあまずはITの説明からするね。あなたは『IT』ってなんの略か知ってる(※2)?」

「えーと、インフォメーション・テクノロジー、かな?」

「そう、Information Technology、日本語で言うと情報技術ね(※3)。わたしたちの世代なら、中学・高校で情報の授業があったはず(※4)だから、なんとなくイメージは付くよね」

「うん、なんかパソコンでホームページとか作った気がする。でも明香里さんはホームページを作る仕事じゃないんだよね?」

「そうね、まぁあれだと実務では基礎以下の内容になっちゃうから、もう少し詳しく話すね」

「うん」


2) 特に相手の前提知識が不明である場合は、コンテクストを合わせるよう務めるのがコミュニケーションの基本である。

3) 最近では情報通信技術Information and Communications Technology(ICT)という呼び方をする場合もある。なお、『IoT』はモノのインターネットInternet of Thingsの略なので全くの別物だ。

4) こちらの記事によると、中学校と高校で情報関連の授業が必修化したのは1998年。当時の第一世代がすでにアラフォーを迎えているというのは意外だった。これより上の世代になると共通する前提知識というものは無く、ITがよくわからない一因(デジタル・ディバイドと言う)だと考えている。



「まず、IT業界と一言で言っても、装置や部品を作る製造業から始まって、コンピュータを制御するためのソフトウェア、通信インフラ、システム設計や構築運用、Webコンテンツ制作、セキュリティなど、様々な業種があるよ」

「うんうん」

「わたしは今の部署では情報システム(※5)の構築や運用に関わることが多いんだけど、テナントビルの建築で例えると(※6)、ビル全体の設計、建築から清掃、メンテナンスまで幅広く扱っているイメージかな。ちなみに、前の会社では主にミドルウェア(※7)の開発をしていたんだけど、これはもうちょっと細かい建屋の機能、空調機械室やポンプ室なんかを作ることに例えられるかな」

「へぇ」


5) IT業界でも意識して使っている人には滅多に出会わないが、システムとは一般的に、『生態系Eco System』や『太陽系Soler System』のように、体系立った一連の仕組みのことを言う。従って、できるだけ(筆者が忘れていなければ)本シリーズでは『情報システム』と略さずに記載する。

6) IT業界は入札や多重下請け構造など、よく建設業界に例えられる…と思っ
いたが、こちらの記事を読む限りそうでもないらしい。そもそも、建設業界にはピラミッド建造から数千年の歴史があるのだから、当然といえば当然か。

7) 利用者にサービスを提供するアプリケーションに対して、アプリケーションが動作するためのソフトウェア(Web/アプリケーションサーバやデータベースなど)を総称してミドルウェアと呼ぶ。


 彼はすでに興味が薄れているようだが、質問者が途中で飽きるのはIT話ではよくあることなので、気にせず話を進める。


「ビルの建築は他にも内外装、電気や水道などの配管、空調設備、セキュリティ、法規制対応のための設計など、様々な仕事があるのと同じように、情報システムにも機器間で通信するためのネットワーク、情報資産を保護するためのセキュリティやバックアップ、認証取得対応などのように、いろんな仕事があるよ」

「はんはん」

「でも建設業と大きく違うところは、これらの仕事をあまり分業しない(※8)ところや、設計や管理を無資格(※9)でやってる人が多いとこかな」


8) 筆者としては、特に設計と開発を同じ人間がするなんてあり得ないと思うのだが、IT業界ではそれが常識と化してしまっている。これだから何年経っても生産性、品質が向上しない。

9) これも信じられないことだが、前提となる資格の普及率が低いので、受注要件を有資格者のアサインで縛るとたちまち社会が崩壊しかねない。これではちゃんと取り組んでいる一部の企業に申し訳が立たないので、業界全体の課題として業務効率化の推進による長時間労働の撲滅、ノウハウの蓄積共有と人材育成といった包括的な資格取得支援に継続して取り組んでいきたいと誓いを新たにした。



Part.B 長すぎる前置き

「前置きが長くなっちゃったんだけど、わたしがしている技術支援の仕事はね、情報システムの構築や運用のプロジェクト全体を通して、問題が起きていないかのチェックや、問題があった場合には解決の手助け、そして、これらの活動で得られたノウハウを社内全体で共有(※10)できるようにしたりしているよ」

「そうなんだ!ありがとう」

「あ、それでね、プロジェクト(※11)っていうのは簡単に言うと繰り返しでない一度限りの仕事のことだよ。プロジェクトの要件には有期性、独自性、段階的詳細化っていうのがあってね───」

夫から次に同じ質問をされたのは、1年半後のことだった。

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10) 現実には、多くの組織でノウハウが共有されないか活用されないことにより、同じつまづきや失敗が延々と繰り返されている。

11) 『システム』と同様、『プロジェクト』もIT業界固有の言葉ではないにもかかわらず、IT業界の人間が言葉の意味もよく理解せず常識のように使っていることを筆者は大変憂慮ゆうりょしている。


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