実話怪談『シャン、シャン』
当時、私は会社の社員寮に住んでいました。
私の住んでいた部屋は寮の四階にありました。部屋は小さなワンルームで備え付けのベッドと大きな窓があり、棚と一体になった机が設置され、壁はコンクリートというデザインナーズマンションを思わせる部屋でしたが、ベランダはなくて、共用のランドリーが一階にあって洗濯物を干すのは屋上という不便な面もありました。
その日も仕事から遅く帰ってきて、簡単に夕食をすませてベッドに入りました。布団の中で横になっていると、外から“シャン、シャン”と鈴の鳴るような音が聞こえてきました。その音は一定のリズムでしばらく窓の外からこちらに届いていきました。
「誰かが、夜に犬でも散歩させているのかな」
私はそう考えて、特に気にせず目を閉じていました。
しかし、いまになって考えてみるとおかしいんです。
もし犬の首輪についた鈴が鳴っているとするならば、一定のリズムでこちらに音が聞こえてくるわけがないんです。犬の行動は一定ではないですから、あっちに行ったり、こっちに行ったり。だから鈴の音も変則的にならないとおかしいんです。そもそも私の部屋は四階です。道路にいる犬の鈴の音がこちらに届いてくるでしょうか。
その時は、そんなこと考えもしなかったので、鳴り続ける“シャン、シャン”という音に気を留めながらもウトウトしはじめていました。
眠りにつこうと意識が、遠ざかりかけたその時
「もうええわ!」
外から中年の女性の声がこちらに届きました。その声は窓のすぐ外からこちらにまっすぐ発せられたように聞こえて、驚いた私の意識はすぐに戻りました。
ベッドから飛び起きて、窓の外を見ても誰もいませんでした。そもそも私の部屋は四階なので窓のすぐ外に人がいるわけがありません。
こわくなって、その日はカーテンを閉めて再び寝ることにしました。
何事もなくそのまま朝をむかえて、いつものようにシャワーをあびて、着替えて朝食を取りました。
当時の日課、というわけではないのですが、毎朝行っていたルーティーンがあり、それはNHKの朝ドラをみながら煙草を吸うというものでした。
その朝もいつものように朝ドラがはじまったので、煙草に火をつけて窓を開けました。内側のガラス窓を少し開けて、外側の網戸サッシを引いたときです。
シャーン
網戸サッシはそう音を立てて動きました。そしてその音は前夜、耳にしていたあの“シャン、シャン”という音とそっくりだったのです。
その音を聞いたとき、私の中である想像が浮かびました。
あの“シャン、シャン”という音は、誰かが外側の網戸サッシをたたいていた音だったのではないか。ベッドで寝ている私に一定のリズムで網戸サッシをたたいて呼んでいたのではないか。そして一向に反応を示さない私に「もうええわ!」と声を出したのではないか。
本当のところはわかりません。偶然が重なって私がそう思い込んでいるだけなのかもしれません。
しかし、あの網戸サッシの音とその夜に聞いた“シャン、シャン”という音がいま思い出してもよく似ていると感じます。
うっかりその時、窓に目をやってしまっていたら、私はなにを見ていたのでしょうか。