創造界隈の広がりとにぎわいー都市との対話
※約1年前のfacebook投稿をリライト転載しています
横浜で自身の活動をスタートした橋本。2006年頃までは本業で映像制作をこなしつつ、AITで知り合った藤高晃右などが立ち上げたTokyo Art Beatのレビューページにも参加するなどしながら、徐々にアート関係の執筆やコーディネートの仕事を増やしていきます。
「都市との対話」とノマドプロダクション
横浜では、北仲の終了に伴う受け皿の一部としても活用されたZAIMや急な坂スタジオが2006年にオープン(この辺りで現・ノマドプロダクションの及位と会う?)。2007年にアーツコミッション・ヨコハマ設立。創造空間9001がオープンするなど、BankARTや北仲以外でも活用しやすそうな施設が増えてきたり、助成制度が整えられてきたり。橋本はこれらをうまく組み合わせ、横浜創造界隈の魅力をうまく活用しながらも、美術業界にも発信力のある企画をする機会をうかがっていました。それが2007年にBankARTと神戸アートビレッジセンターで行った「都市との対話」です。
これに向けた横浜での最初の活動は、ZAIMのレンタルスペースで行った上映企画『Nomad Theater』。助成申請を見すえた活動実績づくりをかねた、ノマドプロダクション(当時は実質橋本ひとりの任意団体)として初の企画でした。
続いて、やはりZAIMなどで行われた、横浜市とAANによるアートイニシアティブシティのワークショップとショウケース。「都市との対話」準備中、横浜のまちで何ができるかを意識しながらのまち歩きと、国内各地のプレイヤーとの出会いがとても刺激的でした。たぶん対外的にはよくわからない企画で集客はひどかったと思いますが、今思えばアートフェアならぬ、アートプロジェクトの見本市のような密な交流のできる場で、今またこういうことができたら、けっこう面白いのではないかと思います。その意味では早すぎた企画でした。
「都市との対話」では横浜市の先駆的芸術活動助成を活用させてもらいました。会場はZAIMや9001にもひかれていましたが、最終的には会場の知名度や、予算面以外での協力が期待できることなどを加味して、BankART Studio NYKにしました。造作用の資材を提供いただいたり、会期前後にも安くスタジオ利用をさせていただくなどで助けられました。2箇所巡回のグループ展をほぼ1人でつくっていたので準備はとても大変でしたが、空間の力もありインディペンデントな企画としてはアピール力もあるいい展示にでき、橋本としてはその後の様々な仕事につながるステップにすることができました。
創造界隈の日常的な雰囲気
この頃は、対外的には見えにくかったかもしれませんがコンスタントに新しい拠点ができたりイベントが行われたりしていて、創造界隈のプレーヤーやアートファンが、それを日常的な楽しみや活動として追いかけているという雰囲気だったと思います(横浜外からのお客さんとかは少なかったかも)。
これに関連することとしては、横浜トリエンナーレ2005の功績も大きくて、川俣さんがかなりアートファンや、アートプロジェクトに関わる間口を広げてくれたと思います。BankART Schoolの福住廉さんのライティング講座から立ち上がった『HAMArt!』のテキストなんかには、結構その辺りの雰囲気がわかるものが含まれていたりします。
横須賀ヨシユキさんや茂木隆宏さんなどに協力いただいた「都市との対話」チラシやカタログ。寄付募集チラシは自分で。ウェブもつくったのだけど消えてしまい、残っているのは無料ブログのみ。それ自体が広報にもなると思って、企画やリサーチ、助成申請段階からプロセスをしっかり留めていました。http://diacity.exblog.jp/
Nomad Theaterの手製チラシ。ウェブはやはりブログ。
http://nomadpro.exblog.jp
ZAIMで行われていた芸大生中心の企画展カタログ。これを見てたから、岩田とも子さんに都市との対話も相談できそうだと思った。ZAIMでは他にもいろんな展覧会をやっていた気がする。
いまは無き元東急桜木町駅舎を活用した創造空間9001
アートイニシアティブシティのチラシなど。ショウケースではノマドプロダクションとしても参加をして、ここで遠藤水城さん、中崎透さんなどに出会ったと記憶している。法人化直後くらいのBEPPU PROJECTさんなども参加している。
HAMArt!は講座をきっかけに有志で制作、継続されている成果物