「月曜に来るのがワクワクする会社」〜大久保寛司さんと行く訪問勉強会リポート〜
わたしの「あり方の師匠」である大久保寛司さんと行く訪問勉強会。今回は、四国・徳島の西精工株式会社を訪ねました。社員の多くが「月曜日に会社に来るのがワクワクする」と言う「いい会社」の本質に迫ります。
朝礼見学で、涙!?
朝8時05分から、およそ1時間の朝礼が終わり見学者のひとりとして、感想を求められて前に立った。輪になって立つ営業本部の21人が一斉に私の方に身体を向ける。その瞬間、涙が溢れてきて、一瞬、言葉を失った。
研修講師として、普段、大勢の方の前で話す機会もある私が、なぜ、こんな事態に陥ったのか?
およそ半日の訪問勉強会で、その理由が、どんどん明らかになっていった。
朝7時、勉強会スタート!おもてなしに感激
今回の勉強会にも、北海道、仙台、東京、愛知、山口、沖縄など全国から14人が参加した。
西精工さんに到着すると、早朝にも関わらず、玄関にはすでに、社員の方々が待っていて、温かな笑顔で迎えてくださった。
設置されたモニターには、勉強会参加者ひとりひとりの名前が表示されていて、社屋1階は、奥まで見通すことが出来るが、フロアにいる全員が仕事の手を止めて起立して、私たちに気持ちの良いあいさつを届けてくれた。
あいにくの曇り空の朝だったが、晴れやかで清々しい気持ちになる。
こうして、半日の訪問見学会はスタートした。
会議室には、ネームプレートと手書きのウェルカムカードが置かれていた。このひと手間が嬉しくありがたい。西精工さんは、自動車や家電に使われている「ナット」を作る会社だ。私たち、訪問勉強会の参加者が、その製品を直接購入する顧客になることはない。それなのに、このおもてなしである。感動を噛みしめていると、西泰宏社長による、会社概要の説明が始まった。
今は数々の賞を受賞する会社だが…
1923年創業の西精工は、徳島県徳島市に本社のあるナットを中心としたファインパーツの製造・販売を手掛ける会社だ。2023年には創業100周年を迎えた長い歴史の中で、大きく変化を遂げたのはこの15年ほどで、その改革の先頭に立ったのが、現社長の西泰宏さんだ。「日本でいちばん大切にしたい大賞 中小企業庁長官賞(2013年)」「日本経営品質賞(2013年、2023年)」「グッドカンパニー大賞優秀企業賞(2014年)」「ホワイト企業大賞(2017年)」など、数々の受賞を重ねている。
…が、前に立った西社長は、言葉を選ばずに言えば「気のいいおっちゃん」風で、全く気負いもないし、どこからどう話しかけても、何でも応えてくれるような雰囲気の方だ。今回の訪問勉強会のために、5時間かけてスライドを作成されたと仰るが、ここで使用したのはほんの数枚。ふっと思い出して話し始めるエピソードにいとまがない。最近の新卒採用で起きたこと、メンタルダウンに悩んでいた方が、会社見学に来てそれを解消した話など、奇跡のような話に、感心のため息しか出てこない。
それは本当に「奇跡」なのか?そんな問いが、場に投げ込まれた。この勉強会の唯一無二のありがたさは、大久保寛司さんによる解説である。その「本質の読み解き」によって私たちは、深い納得を得られる。
寛司さんが言う。
「奇跡は偶然には起きません。向き合った製造部長や、この会社の社員ひとりひとりの相手への思いやりの深さが、新卒社員やメンタルに悩む見学者に伝わるから、それが実現しているのですね」と。
地元を離れ、東京の広告会社に勤めていた西社長が、戻ることはないと思っていた徳島で、父の経営する会社に入社したのは1998年のこと。
当時の社内は「暗く」、挨拶を交わす社員も少なく、工場の床も真っ黒で、製品が落ちていることもあったという。自ら、毎朝6時に出社して社内の掃除を行い、社員と挨拶を交わすようにした。2008年に社長に就任。「良い会社をつくりたい」と参加していた社外の勉強会で学んだ「理念はトップダウン、ビジョンがボトムアップ」を元に、1年かけて理念を制定し、様々な仕組みと仕掛けで社員ひとりひとりに浸透させていくことになる。
その最たるものが、私が涙でことばを失った「1時間の朝礼」だ。
毎朝、1時間の朝礼で育まれたもの、それが涙に…
この日、私たちが見学させて頂いた朝礼には、営業本部の21人が参加していた。進行役は持ち回りで、この日の担当は入社5年目の岡さん。小柄な身体をフルに使って、会議室に響き渡る声で輪になった社員たちに声をかけていく。
理念と行動規範を全員で声を揃えて唱和した後、岡さんが「理念と行動規範を照らして、何か実践したことを発表してくださる方はいますか?」と投げかけると、半数近い社員が手を挙げる。指名された一人が発表した後、岡さんが質問を重ねて、意見を深めていく。
「その原動力はなんですか?」「〇〇さんが求める、ありたい姿は?」問いかけられた発表者はじっくり考えて、言葉を選んで答えていく。考えている間、答えを急かす空気は一切ない。みんなが自分事として捉えている雰囲気だ。若い岡さんが、質問内容や答えの受け止めに苦慮していると、隣のリーダーがそっとサポートする。「考える」時間を、皆で味わい合っているようだ。
対話はこのあと、3〜4人のグループに分かれて行われる。この日は「なぜ、いい会社はイベントを大切にするのか?」という、西社長が以前、勉強会で取り上げた「コメント」を元に「感じたこと」や「役に立ったこと」を話し合った。各グループに順に混ぜてもらって耳を澄ますと、誰もが「自分事」として自分の経験を話している。例えば「バーベキュー大会に参加したものの、手作りのおかずを差し入れに持っていく方が多かったのに、自分は買い物で済ませてしまったこと」「地域の清掃活動に参加して感じたこと」などなど。
15分ほどのグループ対話の後、再び、ひとつの大きな輪になり共有する。グループ代表が、他のメンバーの話を要約して、さらに自身の感想を追加して発表していく。そしてここからも、問いが重なっていく。「どうして、そう思ったんですか?」「そう思った理由は何だと思いますか?」相手の話をしっかり聴いていないと、出てこない、しかも本質的な問いばかりだ。
「問う」て「待つ」そして「話す」が、ぐるぐると循環していく。
ああ、そうか・・・何人目かの問いと答えを聴きながら、心を揺さぶられる理由が分かった気がした。
話す相手に全員が本気で向き合って、本気で関心を持つ姿が、その集合体が美しいんだ。全員が、偽りのない本当の「ことば」を、相手に届けようという思いやりをもって話している。相手の気持ちを想像しながら、丁寧に紡ぎ出される「ことば」は、いいよどんだり、考えたりしている時間も含めて、思いに溢れているから、胸をうつのだ。
こんな風に、誰かにまっすぐ、話を聴いてもらったことってあるだろうか?本気で向き合ってもらったことがあるだろうか?
その姿勢と雰囲気に包まれたことで、きっと涙があふれたのだろう。
会社に来るのが「楽しい」理由
朝礼の後は、工場見学だ。今回は、勉強会に参加された通信機器メーカー・ベアリッジの中橋康太郎社長のはからいで、ワイヤレスディスカッションシステムを使っての見学となった。工場の中でも、ベテラン社員の佐野さんの説明がイヤホンを通してクリアに聴き取ることが出来た。(感謝)
工場の中は、撮影は出来なかったものの、私たちが立ち止まる先々で迎えてくれる社員の皆さんの笑顔が印象的だった。「楽しそうですね、なぜですか?」と聴くと、ほとんどの方が「関係性がいいから」「仲間といることが楽しいから」と言う。仕事のやりがい、とか、製品へのこだわりといった答えを想定していた私は、ある意味、裏切られた気持ちだった。社員同士の繋がりの確かさが、西精工の大きな魅力なのだろう。
その繋がりが「可視化」されているのが、社内に掲示してあるひとりひとりが書いた「宣言書」だ。写真と名前入りで、A4用紙にびっしり書かれているのは、上から
①私の幸福感
②自分の5つの強み
③ミッションステートメント(何をもって憶えられたいか)
④自分の役割(誰に対して、どんなキラキラした役割を発揮できるか)
⑤信条(10か条)
⑥死ぬまでにやりたい10のこと、である。
佐野さんいわく、最初はなかなか書けずに苦労したとのことだが、今は、2年に1回程度の頻度でアップデートしているそう。新入社員にはベテランが寄り添い、宣言書の内容に沿った質問を繰り返すことで、半年ほどかけて書き上げ、その後、社長と面接するのだとか。1枚1枚に見入ってしまう程、内容もカラフルだ。「○○に旅行したい」「○○マラソンで完走する」「両親のいる実家に年に〇回、里帰りして親孝行する」などなど、読んでいるこちらが、ぽかぽかする。それぞれの魅力を知り合い、感じ合える仕組みがそこにやわらかく機能している。
「社員の幸せ」ということだけが原動力
会議室に戻って、あらためて社長講話である。西社長は、徳島に戻るまでは大手広告会社に勤務していた。残業150時間を超えても、人間力のある仲間に囲まれ、楽しかったという。当時の常務の急逝を受け戻ることになったが、入社前は「職人や技術者をまとめるのが大変だろう」というイメージを持っていたと話す。ところが、初めて壇上で挨拶した時も、ほとんど誰とも目が合わず、とにもかくにも雰囲気が悪く、その「暗さ」に衝撃を受ける。
安全のための朝のラジオ体操にも参加者はチラホラしかおらず、取締役が体操している前を、若手社員が平気で横切るような光景を見ることもあったという。広告会社時代、会社を見る目は養っていた。「いい会社」は、いずれも明るくてキレイだった。「よくない会社」は、誰も彼もが悪口ばかりで、結局最後はダメになっていった。このままでは、この会社もダメになってしまう。そこから、西社長の奮闘が始まった。
自らが先頭に立って、掃除と挨拶を徹底した。最初は誰もついてこなかったが、少しずつ、仲間が増えていった。2008年に社長に就任した後は、1年かけて作った理念を、毎朝、社員に発信し、その日のうちに感想や意見を返信してもらうという取り組みを始めた。そして全ての返信に目を通して、それに応えた思いを添えて、また、社員に送っていく。これを3年間続けたという。指針になったのは、苦しい時に出合った稲盛和夫さんからの学びだ。「経営とは、誰かを幸せにすること」。とにかく、社員が大事だと思って、信じる道を貫くしかなかった。
「よい関わり」と「成長」と「学び」がある
社長講話を後ろで見守っていた4人の社員のうち、当時を知る入社32年目の吉村さんに、寛司さんが質問を投げかける。「あなたも挨拶はしていなかったんですか?」と。当時を思い出して苦笑しながら吉村さんが話す。
「最初はしていたんですけど、誰からも返ってこないので、何となくしなくなりましたね」「食堂も暗くて…」これを受けて、寛司さんが話す。
「食堂や休憩室が暗いというのは、やはり、よくないですね。社員を大事にするということは、食堂や休憩室など、社員が休める場所を明るくすることが大事で、これが本質です」
西精工では、社長が講師となる「リーダーシップ勉強会」や、社員が講師となる「企業内大学」などの学習機会がふんだんに設けられている。また、イベントも数多く、チームでマラソンに挑戦したり、夏祭りやBBQ大会など、社員と社員の家族が参加できる行事も沢山ある。それらすべては、社員の「幸福度」を上げるための取り組みだ。
「社員満足度」ではなく「社員幸福度」を高めるために、社員向けアンケートには、こんな質問項目がある。「月曜日に会社に来るのがわくわくするか?」。多くの社員が「わくわくする」と答えているが、ここでも寛司さんが直接、入社4年目のたけちゃんに質問する。
「どう、たけちゃんは楽しいですか?楽しいとしたら、何が楽しいんですか?」突然の指名に驚きながら、目をまん丸にして、たけちゃんが笑顔で言う。「楽しいですね。一番は、仲間と一緒に働けることで、関わりの中で助けてもらったり、成長させてもらったり、学ばせてもらってます」と。寛司さんが再び、問う。「西精工って、ひとことで言ったらどんな会社?」
「社員同士が、よくわかっている、知っている会社ですね」
寛司さんの解説が続く。
「この理解度や関係性が、チームワークを生みます。多くの会社は「良い会社」になろうと「制度」や「仕組み」をつくります。だけど、そこに「ハート」がなければ、全く意味がないんです。西さんは、どうしようもない状態から時間をかけて、目には見えないけれど、「思い」に満ちた会社の「土壌」をつくってきたんですね」
質疑応答タイム
このあと、入社29年目の大久保さん、入社18年目の越久さん、入社11年目の久米さんを前に、見学者からの質疑応答があった。
Q:朝礼で、とても深い質問をされていましたが?
大久保さん:毎日、社員をみているので、「おはよう」の一言で、その日の調子がわかります。逆に、みていないと、質問も出来ないかもしれません。
Q:プライベートと仕事の境目をどんな風に捉えてますか?
久米さん:最初はプライベートの事を色々質問されて、戸惑ったこともありましたが、聴かれるうちに気にならなくなりました。今は「人生の中に仕事がある」という感じです。
Q:西精工で働いてよかったと思うことは?
越久さん:大切にされている実感があることですね。仲間との距離も近くて、いつも気にかけてもらえて、ゆるしてもらえていることを、日々、感じています。
貫かれる「創業の精神」
昼食の間も、西社長が、様々な社員とのストーリーを語ってくれた。西精工では、障がい者雇用も積極的にすすめていて、知的障がいのある方が、周囲のサポートを得てあきらめることなく資格取得に挑んたこと、右手のないハンデのある社員が、チームで力を合わせてフルマラソンに出場したこと、がんで亡くなった社員とのふれあい、難病と闘う社員が、家族と一緒に夏祭りに参加したこと。
涙をこらえながら、思い出をひとひとつ振り返りながら話す西社長から、社員ひとりひとりを「家族」のように思う気持ちが伝わってきた。まさに、それは創業の精神にうたわれている「人間尊重」であり「家族愛」を体現していることの証なのだろう。
おまけというか、これが真髄?
社員への質疑応答タイムでは、私も質問させてもらった。「社員一人一人に考えさせること、そして、待つこと」について、朝礼で要の役割をしていた、ベテランの大久保さんにお尋ねしたのだ。
相手が「成長」と「役立ち感」を持てるように工夫しているという答えで、充分納得していたところ、帰り際に、わざわざ、リポートに考えをまとめて手渡してくださった。その気持ちはもちろん、内容にも心を打たれたので、抜粋してここに共有する。一介の見学者でしかない私の質問に、ここまで真摯に答えてくださる姿勢が、もしかしたら、西精工の真髄なのかもしれない。
自身の立場、そして、あらゆる角度から相手への思いやりを含んだ「問いの立て方」と「待ち方」。最後の最後まで、深い学びを頂くことが出来ました。ありがとうございます。
訪問勉強会を終えてバスに乗り込むと、会社の前にはズラリと社員の皆さんが並んで見送ってくださった。私たちも、バスが傾くぐらい(笑)会社側の窓に寄って、大きく手を振り、感謝の気持ちを伝えた。
「また来ます!」と思わず口にしていた自分が不思議に思えたが、いや、そのくらい、居心地のよい温かい雰囲気がそこにあったんだと思う。
西社長、受け入れ担当の岡部さん、そして社員の皆々様、心から、ありがとうございました。