スミレソウ #2
(コウトウ区周辺で起きた連続女子学生失踪事件。調査のためにジョウト・ハイスクールに潜入したナギは、妙に高いテンションで話しかけてきた隣席のスミレをはじめ、異様な生徒達の様子を感じ取った。ナギを待ち伏せしていたストーカー男子生徒は光学迷彩を看破され、尋問されることになるが……)
「——要するに、スミレさんとわたしが喋っているのが気に食わなかったため、安物の光学迷彩でストーカーをしていたと」
「違う違う!これ結構高かったんだぞ!?ストーカーでもないし!」
昼休みの中庭。四角くデザインされたジョウト・ハイスクールの1階部分は南北がピロティ構造になっており、南のグラウンド側から吹き抜けの中庭を挟んで北の正門側までを見通すことができる。そのグラウンド側、柱の陰でひとりの男子生徒——ワタライ・ワタルと名乗っていた——が正座の姿勢で、拳銃を持った女子生徒に相対していた。側から見ればカツアゲされているようにも思えるが、待ち伏せしていたのはワタルの方だ。髪を赤いヘアゴムで結んでいる彼は体格がよいが、銃で威圧されているためか猫背のためか、二回りは小さく見えた。
「ちゃんと聞いてくれよ、もう一回言うからな……」
オレたち付き合っててさ。クラスは違うけど、昼休みにはお互いに作ってきた弁当を交換したり、ゲームして遊んだり——はいいんだ、頼む悪かった聞いてくれ。この前デートの待ち合わせにスミレが来なくて、めちゃくちゃ心配になってPSS探知で探したの。いやストーカーじゃないってホントに!話の腰折るなって!んで、それがキンシ歓楽街のヤバそうな廃ビルで反応してて、オレ突っ込んでったんだよ!そしたら……オレのあげた充光器だけが落ちてて……
「——女子学生失踪事件」
「そう!だから警察に連絡したんだけど、イタズラだと思われて終了。代わりにめちゃくちゃヤバい転校生が来た。これはアレだろ?正義の味方が来たってやつ!」
"ヤバい"は様々な意味合いを持つが、この場合は"人を簡単に殺しそう"という意味だろう。
「正義の味方ではありません。わたしは——」
「いいんだって細かいことはさ!頼む!何だってするから!」
発言を遮られ、眉間に皺がわずかに寄る。しかし今にも土下座の体勢を取りそうなワタルに、ナギは呆れた様子で溜息をついた。
「質問ですが、現にスミレさんは学校にいますし、一応会話も成立しています。あなたの仰っている"スミレ"は、彼女のことではないのですか?」
ナギは油断なくワタルを見下ろしつつ、周囲への警戒も怠らない。正門のほうには武装購買バンがやってきていて、テスラ害獣忌避装置が飛来する盗賊スズメやブルータル・ドバトを電撃で牽制しながら惣菜パンや日用品を販売している様子が伺える。
「あれは……スミレじゃない。オレの直感だけど。そもそもいなくなったはずなのにいるのがおかしいんだよ!なんで平然と登校してきてるんだ!?さすがに直接訊くのもアレかなと思ってたんだけど、最近じゃスミレのクラスの様子も、というか2年生のクラスが全体的におかしいし……」
ナギは正門のほうから視線を外していない。数人の生徒が紙袋を手に並んで歩いている。運動靴のカラーリングは緑。三年生のものだ。
「スミレさんはともかく、他のクラスメイトのことまで気にかけているのですか?」
「そりゃあまぁ……他のヤツなんかどうでもいいけど、普通の友達だっている」
「正義感ですか。早死にしますよ」
「早死にってお前さぁ……」
三年生の一団は無言でこちらに歩みを進めてきている。距離にして20mほど。学校の敷地内は害鳥迎撃システムが稼働しているので屋外でも安心して食事ができる。
「なるべく殺さない方針を希望されますか?」
「は?いやいやいや、"助けて"って言ってんのに殺すなよ……ていうか誰を?」
「全員です」
列の中のひとりと目が合う。焦点の定まらない眼差し。しかし虚ろな眼は確実にこちらを向いている。ナギはワタルの襟首を掴んで強引に立たせると、M9の薬室を確認する。
「合図をしたら西側の昇降口に走って」
「は?なんで?」
ワタルは怪訝そうにナギの見ている方向を覗き込む。上級生が5人。15m程度の距離。身長も性別もバラバラだが、揃って紙袋から取り出した拳銃を……拳銃?
「走れ」
ナギがワタルを突き飛ばすと堰を切ったような銃声が鳴り響く!横一線の集中砲火だ!ワタルは足がもつれそうになりながらも無事下駄箱前に滑り込む。一方のナギは柱の陰から応戦しているが、苛烈な弾幕に身を乗り出すことができない!
「スミレさんを探して!後で合流します!」
辛うじてそれだけは聞き取れたが、絶え間ない銃声でそれ以上は分からない。あまりに突然の襲撃に肝を潰したが、迷っている時間はなさそうだ。ワタルは意を決し、光学カムフラージュを起動すると2階への階段を急ぎ上っていった。
————————
階下からは鳴り止まぬ銃声。2階に辿り着いたところでさらに爆発音まで聞こえ、中庭に面した窓を覗くと体育館と繋がった北側屋上からまた新たな生徒が転校生を排除すべく加勢している。ワタルも上着の内ホルスターに隠した古風なルガーP08拳銃で加勢しようかと考えたが、装填されているのは安価で殺傷力の低い自衛・訓練用のフォトン凝結弾。近距離でなら肋骨の1本も折れるかもしれないが、豹変暴動学生らは金属実体弾を使用している。撃ち合って擦り傷で済めばいいが、僅かに怯ませるだけのリターンでは割に合わないだろう。
幸いにもカムフラの稼働時間は長持ちしており、徘徊する生徒や教職員に見つからずに探索することができた。その間にも中庭の戦闘は激化しており、窓ガラスが砕け散る音、屋上の爆発音、害鳥駆除用高射砲の咆哮が校舎内に轟々と響き渡っている。戦闘に加勢していない者は皆虚空を見つめて呆けているようだったが、どこにもスミレの姿を認めることはできなかった。
残るは3階の体育館のみ。南廊下から直通のそれは、教育指導要綱の改正に伴い屋内訓練場としての機能を持った巨大施設である。入口の防火戸は閉じているものの、鍵は掛けられていないようだ。ノブを捻り、なるべく音を立てないように速やかに侵入する。普段ならバスケ部の生徒か、あるいはバレー部の生徒が昼練に打ち込む広いアリーナ。しかしシューズの鳴き声が響くどころか、あらゆる振動が止まったかのような静寂が支配していた。
遮光の黒カーテンは締め切られ、微かに差し込む陽光が照らす先には生徒。生徒。生徒。こちらに背を向けて佇む生徒達は、しかし今まで見かけた抜け殻のような者とは違う。彼らは膝をつき、衣擦れ一つ立てず、祈るような仕草で壇上の一点を見つめている。薄暗い体育館、一層暗い舞台の上。そこだけが錯覚だろうか、微かに輝いて見える人影。見間違える訳もない。
——彼女が、そこにいた。
ジェノサイダル・シスターズ
スミレソウ #2
#3につづく