スミレソウ #3
(連続女子学生失踪事件の調査のためジョウト・ハイスクールに潜入したナギは、ワタルと名乗る男子学生と接触する。彼の恋人であるスミレを筆頭に二年生らの様子がおかしくなっていると聞き出したものの、突如として武装した上級生らが襲撃し二人は分断されてしまう。ナギが中庭で抵抗を続ける一方、ワタルは体育館でスミレを発見したが…)
仄暗い体育館の壇上。ひとりの女子生徒が舞台の心に立ち、両の手を広げて立っている。アリーナには多くの生徒が膝をついて、祈るような仕草で身体を彼女のほうへ向けている。その合間を縫うようにして掻き分け、ワタルは必死に叫び、進んでいく。生徒達は根を張ったように動かず、鉛のように重く感じたが、そんなことは問題ではない。無理矢理押し除け、汗だくになりながらようやく舞台の真っ正面に躍り出た。
見上げた彼女の顔は穏やかで、眠っているようにも見えた。艶っぽい髪も、耳にあるほくろの位置も、全てが彼の知っているスミレと同じ。しかし彼女の身体から発せられ辺りを漂う、青みがかった薄紫の粒子は明らかに異様だ。一般に扱えるフォトンは専用の端末から充光器に溜めたりなどして利用するものであり、ヒトの生体機構から生み出せるものではない。ではこれは一体……?
「スミレー!オレだよ!ワタルだよ!聞こえてるかー!!」
汗を拭うのも忘れて叫ぶ。気付けば光学迷彩のチャージも切れていた。返事はない。舞台両脇の階段まで行く手間も惜しく、高さ130センチほどある壇上へよじ登ろうとしたその時、いつの間にか動き出した生徒がワタルに掴みかかり腕を拘束!しかし体格差のある相手、無理矢理振りほどく!ところがさらにもう1人の生徒が加勢しタックル!転倒!彼は大柄で力もあるが、2人がかりで寝技に持ち込まれてはかなり不利!抵抗虚しく組み伏せられてしまった。
生徒らの力は強く、首を動かすので精一杯だ。こいつらは一体?横目で顔を窺うと、それは2-Aの生徒だった。話したことはないが顔くらいはわかる。襲撃してきた上級生や先程出会った教師らのように、眼差しは虚ろだ。彼らからは意志を感じないものの、力は非常に強い。まるで身体だけが操られてしまっているような——
「そいつらは私のものだよ、きみ」
頭上から声が響く。聞き慣れた声。スミレ。彼女は十字の姿勢を崩すとゆるやかに端へ歩み寄っていた。薄紫色の粒子が舞う。いくつかの粒がワタルに降りかかり眼前に落ちると、花開くように小さく爆ぜる。
「ひとりだけ足りないと思ってたんだよね。光学迷彩?気配はしても隠れられちゃうとなぁ」
「スミレ……?なんだよそれ……」
「もう隠す必要もないからさ。これが本当の私」
彼女が指を鳴らすとワタルを押さえつけていた生徒らが起き上がり、腕を強く極める。骨が軋み、折れそうなほどの痛み。
「違う……やめろ!スミレにこんな力はないはずだ!こんな化け物みたいな——」
「そうだよ!実はスミレちゃんは化け物だったのでしたー。きみのことは知らないけど、これでやっとあたしの手駒になれるね」
薄紫の粒子が濃くなる。それはまるで菫の花のような色味をして彼女の身を包み、指先へと集まる。大きな烏帽子のような花弁が生まれ、ワタルの頭部を覆うように茎を伸ばしていく。
「あたしはスミレだよ。誰が何と言おうと、正真正銘のスミレ。安心してね」
得体の知れない恐怖。しかし確かにスミレの顔と声なのだ。彼女は……本当に……
「違う!そいつはスミレではない!」
甲高い銃声が連続で響き、マズルフラッシュが迸る!銃弾は花弁を破壊!霧散!拘束生徒の頭部を正確に捉える!2名の頭がトマトのように潰れ、白い脳漿が飛散して……いない!彼らはフォトン凝結弾の衝撃で吹き飛ばされ、後方の生徒を薙ぎ倒して止まった。一瞬にして拘束が解かれ、強かに顔面を床に打ちつけるワタル。波動手榴弾のくぐもった炸裂音が後方で響くと祈祷生徒らは軽々と壁に叩きつけられ、折り重なった。
「一体何が……」
ワタルがなんとか身を起こすと、制服の少女がスミレに大型拳銃を向けている。辺りの生徒は先程の爆風によって散り散りだが、気絶しているだけのようだ。
「そいつから離れて。それはスミレではない」
油断なく銃を構えるナギ。薄紫の少女はなおも余裕の顔つきで腕を組んでいる。
「ナギちゃんだ!わざわざ来てくれたの?どこにそんな武器隠してたの?あたしの手駒は全部殺しちゃった?」
「無力化しただけです。あの程度の精神干渉兵ごとき、殺すまでもない」
光粒子兵器特有の残留粒子が辺りに舞い上がっている。それらは体育館横、開け放たれた屋上との連絡戸に吸い込まれていく。
「スミレじゃないって……どういうことだよ!全然わかんねぇ、もう何を信じればいいんだ……」
「初めは確証が持てなかった。個人名は基本カナ管理されているから、正式な戸籍情報と照会するまでは気にしてませんでしたが」
ナギはゆっくりとスミレとの距離を詰める。15メートルほどの間合い。スミレは堂々としたスタンスを崩さない。
「適当に書いた漢字の氏名をあなたは肯定しました。本当の綴りは安辺庫澄蓮。常用でなくても自分の漢字くらいわかるはず」
「だったら何?本物かそうでないかなんて関係ないよ。今ここにいるあたしがスミレ。それ以上でも以下でもない」
スミレが指を鳴らすと、ナギの右後方にいた生徒が糸に吊られたように起き上がる。懐から銃を取り出そうとするが、ナギのノールック射撃できりもみ回転し吹き飛ばされた。
「正体がどうあれあなたはスミレではない。変質フォトンの私的乱用。現行犯です」
「えー?ナギちゃんってお巡りさんかなにか?これはあたしの力。どう使おうが勝手だし、あたしの自由」
再び指を鳴らすとナギの左後方にいた生徒が糸に吊られたように起き上がり、銃を取り出すまでもなくノールック射撃!しかし僅かに銃口が逸れた隙を見てスミレはワタルを盾にする!襟首を掴むと彼女からフォトンが滲み、繭のようにワタルを取り囲んでいく。
「あたしの力はヒトを操れる。なんならヒトに乗り移ってあたしそのものにすることも出来ちゃう。スミレちゃんとやらが何人めか忘れたけど、次はナギちゃんになろうって決めたんだ!学校中のみんなを操るには時間が掛かったけど、これなら最初から一点集中でもよかったかな?」
ナギはワタルを撃つが、粒子の花弁に阻まれて凝結弾は霧散!ワタルは苦悶の叫びを上げるが、薄紫の粒子に呑まれていく。
「あたしはナギちゃんが欲しいの。本気、見せてあげる」
繭が裂ける。内側から伸びた腕が裂け目をこじ開け、肥大化した筋肉がこぼれ出す。虚ろな、血走った目。ただでさえ大柄な身体は燐光し二回り以上にも膨れ上がっている。苦しみとも、怒りとも取れる形相を浮かべるそれは、紫色の吐息を漏らして床を踏み締めた。
「他のザコとは違う特別製!精神操作マシマシで脳内物質ドバドバの超人兵士!手加減してたら勝てないよ、ナギちゃん」
ワタルが咆哮を上げる。音圧に窓の強化ガラスが振動し、天井のフォトン水銀灯が割れる。ナギは空弾倉を振り飛ばし、新たにロングマガジンを装填する。その瞳は蒼く澄み、覚悟の眼差しに変わった。
「黙れ菫。執行の時間だ」
ジェノサイダル・シスターズ
スミレソウ #3
#4につづく