【小説】ステルス・ミッション 04

03

【疑心暗鬼ループ! 恐怖の仲間割れ大作戦】

 それが修也君の考えた、いじめ撲滅計画の名前だった。なんだかB級映画臭がプンプンするけれど、大事なのは中身だ。中身は良かった。充分イケそうだった。
 パートナー契約を交わしたその日の内に、私は修也君とチャットアプリ「LINE」のアカウントも交換し、それから2日間かけて情報を共有し、作戦を練った。
 修也君は頭がいい。いろんなことを知っている。だてに生徒会選挙の推薦演説をラップでやったり、校門前で自家製黒石焼きそば(つゆなし)を勝手に売ったりして職員室にしょっ引かれるだけの、ただのもつけではないのだ。

 今回も「別世界」というアプリで、ラインのアカウントを2つ所有できる裏技を教えてくれた。Facebookを連動させれば、元々のラインアカウントをいちいち消して切り替える必要もないという。携帯だのアプリだのの細かいところまではよく分からないが、とにかくそうやって必要な準備を整えてもらった。

 家庭科室の一件から3日目の夜。午後9時。私は修也君の指示通り、作戦の第一歩を踏み出す。ターゲットは寺本美佐子。筒井グループの中で唯一、以前同じ班として調べ物をした時にラインでつながっていたナンバー3だか4だかだ。彼女に、まだ知られていない2つ目のアカウントで、友達申請をする。申請名は、名字が「理沙いじめ」、名前が「やめよう」さんだ。たとえ知らない相手だとしても、これで食いつかないはずがない。
 画面を、タップする。
 申請。してしまった。もう後戻りはできない。
 5分ほどで、承認された。そのあとすぐに、《だれ?》という文字が送られてくる。
(よし)

 長い5分間だった。私は汗で濡れた指先で、スワイプする。
 汗の多さに、自分が緊張していることに否応なしに気づかされる。
《もうこんなの、耐えられない》
 送る。既読になる。次の返信は、なかなか来ない。
《誰なんですか?》
 いいねいいね。ほぼ予想通り。私はすかさずその画面を保存し、修也君に転送する。
 すべてのやり取りを必ず修也君に送り、その返信案を送ってもらい、それを踏まえてまた美佐子に返信するのだ。
《うちらのこと、先生にばれるの時間の問題と思う。この辺でやめないなら、うちが言うから》
 修也君の「私たち」「問題だと」という部分を、私は女子の文章っぽく修正した。おそらく美佐子も、そして明日には京子たちもじっくり読み込むだろう。だとしたら、できるだけ細心の注意を払うに越したことはないはずだ。

 既読がついた。その後の返信は、もう来ない。
 10分後、修也君と電話で少し話す。
『あの4人の誰も『私』って書かないと思うよ。みんな『うち』って書く。私もたまに出ちゃうし』
『助かったよ。オレ、女子の口調とか文法まではマスターしてないから』
『やっぱり、私が担当した方がよかったでしょ?』
『ああ、さすがだよ、与田。寺内とラインでつながってたのもありがたい。それがなきゃこんな作戦、立てられなかったし』
 やった。役に立てて、褒められて、素直に嬉しい。
『でもさ、ホントにこのアカウントが私たちだってバレないかな。家庭科室で現行犯に修也君が気づいたの、誰かに感づかれたら、すぐに特定されちゃうと思うんだけど』
『いや、その点は大丈夫。もしそうだったら、筒井の性格からして、オレと与田にも軽く脅しをかけて口止めはしてきたと思うから。余計なことすんなよ、みたいな』
 なるほど。確かに京子はそういうタイプだ。それくらいのことは、誰にでもする。あの低い声で。

『じゃあ、この申請者が理沙だって勘違いはしない? そのせいで、かえって理沙へのいじめがエスカレートするって可能性は?』
『それもないと思う。家庭科室にオレらが入っていった時、宿野は自分がいじめられてるっていう事実をオレらに対しても隠そうとしたよな?』
『うん』私は理沙の髪をかき上げるしぐさを思い出す。
『ということは、宿野はそれを大ごとにしたくないし、周りに知られたくない。プライドが許さないから。そもそも、自分がいじめられているという自覚すらないかもしれない。筒井の方も、そこまで宿野の性格を把握してから、ターゲットに選んでるはず』
『なるほどー』
『それに、万が一、宿野が申請者だと誤解してても、それはそれで慎重に動くはず』
『そっか』
『学校じゃなくて4人全員がそれぞれ家にいるこの時間帯なら、全員にアリバイがないから、ますますお互いがお互いを疑いだす』
 ああ、だからあえて夜の9時だったんだ。今ごろ美佐子は大慌てで筒井グループ全員に、謎の「脱退希望者」からのラインの友達申請について報告していることだろう。
『そのパニックぶりを目撃できないのはちょっと残念だよね』
『それはオレも思った。けど、実際に学校でこれを実行してたら絶対4人を目で追ってニヤケちゃって、そのせいでバレる危険性はあるかなって思ってさ』
『あー、あるね』
 ホント細かいことまで計算してるなあ。パートナーとして、頼もしい限りだわ。
 とにかく、これでだいぶ仲間内で疑い合う、不信感からの相互監視状態に入るだろうから、しばらく様子を見よう、という結論に同意してから、私は電話を切った。

 切る間際に修也君が『じゃあ、おやすみ』と言ってくれた。ヤバ。
 なんか、めちゃくちゃ萌えるんですけど!
 私は相当な労力をかけて、普通の声で『おやすみなさい』と返した。
(あーあ)
 これで問題が解決しちゃったら、もうこんな風に夜に修也君と電話したりすることなんかなくなるんだろうなあと思うと切なかった。そこまで思った時、私は理沙のいじめ問題を、完全に自分の恋愛に利用していると気づいた。少し自己嫌悪に陥る。
 ヤな奴だな、私。修也君の言い方を真似て、「嫌」を「ヤ」と言ってみる。

 私は修也君ほど良い人じゃない。そういう意味じゃ、釣り合わないのかな。


*黒石焼きそば(つゆなし):たんどぅTVさんの動画へGO! 個人的には、青森市浪岡の兼平焼そば店の逸品がおススメ。

*もつけ:お調子者。ふざけてる奴。



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