【小説】ステルス・ミッション 13
09
いつの間にかロケットの中には、熱気がこもっていた。
首に巻いているマフラーを外そうかどうか、迷う。
「話してくれて、ありがとう」私は言った。「なんか、すごいね」
口にできる言葉は、それくらいしかなかった。でも、話してくれたことがすごくうれしかった。ただ、それでも私にはまだ、疑問が残っていた。
「でも、今の話って、正義の味方活動と、関係あるの? 最終的に、桃川の罪悪感は解消されたんでしょ?」
「与田って、松橋先輩に、あれから謝ってもらった?」
修也君は突然、話題を変えた。
「ううん」私は記憶をたどるまでもなく即答した。「もう全く接点ないよ。最後に喋ったのはそれこそ告白された時だもん。ジャージ切り裂き事件の時も会ってないし」
「そうか」声のトーンが、少し落ちる。「やっぱり失敗だったんだ」
「失敗?」
「オレのミッションが」
私はその言葉の意味を、しばらく考えてみる。
「え、まさか、そこまでがゴールなの? いじめてる相手が、いじめられてる方に謝るってとこまで? つまりその、心から、反省して?」
修也君は、かすかに口元だけで笑う。
「オレは心からの反省のプロだからね。実体験をもって、それを知り尽くしたつもり」
「まあ、それはそうだろうけど」今の話を聴いた私に、異論などあるはずもない。
「失神ゲームからオレが学んだ教訓は、まとめるとこうなる」
修也君は咳ばらいをした。だいぶ喋ったので、のどが渇いているのだろう。
「まずオレは、有介のお母さんからしたら明白な加害者だったけれど、そしてそれをオレ自身も認めるけれど、同時に被害者だったことも、誰かに認めてほしかった。その誰かというのは、オレが加害者だと思っていた相手、つまり有介でなければならなかった。だから周りの人間からいくら慰められても、その傷が癒せなかった。でも、有介はわざわざ手紙まで書いてそれを認めて、謝ってくれた。だから、加害者としてのオレも心から謝ることができた。ラッキーなことにこの事件に関しては、オレは一番いい結末を迎えることができた。それからは毎日嬉しくて嬉しくて、舞い上がってたんだけど、ある日、クラスの女子が、つまり与田のことだけど、部活の先輩からいじめられてることを知った。その時、オレはふと思ったんだ。あの経験って、すべての学校のいじめ問題に応用できるんじゃないかって」
私は唾をのんだ。なんとなく、修也君の代わりに。
「むしろあの経験を踏まえたオレこそが、スムーズな解決策を提案できる人間なんじゃないかって。だってさ、いじめって何が解決なのか、どこがゴールなのか、ホントは先生を含め、みんなよくわかんないんじゃないかって思うんだよ。たとえば、加害者と被害者を引き離して、加害者に説教して、もうやめろよって命令すれば、それで一件落着? 違うよな。全然違う。むしろ人間関係的には逆効果だ。先生という権力に無理強いされたことで、加害者の、いじめへの暗いモチベーションはさらに高まってしまうから」
「ねえ、しゅ、じゃなくて、桃川って――」
ホントに中2なの? そう言おうとした。
「でも甘かった。調子に乗ってた。結果的に松橋先輩はただ、部活を辞めただけで、いまだに与田に対して謝罪がない。ということは、自分は悪いと思ってない。部活内の派閥争いとか、周りの圧力に負けただけだって思ってる。先生という名の権力も動いたかもしれない。それじゃ解決としては不充分だ。部外者のオレがああやって騒ぐべきじゃなかったんだ。あくまで黒子に徹して、上手いこと調整しなきゃならなかった。もっと目立たないように、水面下で、注意深く遂行される、ステルスのミッションじゃないと」
修也君は私の言葉を遮り、熱っぽく話し続ける。まだ何か話し続けようとして、新たな思考が始まったのか、言葉は一時停止した。
私は、深いため息をついた。
「正直言ってることが全部理解できたわけじゃないけど、とにかく本気だってことはわかったよ。桃川が」
「ありがとう」
「でもさ、京子が心からの反省なんてする? しかもいじめをやめた上で?」
それを聞いて、修也君は少し顔を近づけて微笑んだ。息遣いが伝わる。私との距離は、棟方志功と板画のそれと同じくらいだ。
「ムズいからこそのミッションなんだよ」
*棟方志功と板画:ADC文化通信のサイトへGO! リンク先では絵を描いてますが、板画(版画ではない)を彫る時のイメージも湧くはず。