【小説】ステルス・ミッション 11

08

「失神ゲーム」って聞いたことある? 
 ああ、校長先生が全校集会で。じゃあ与田の小学校でもきっと話題になったんだね。やったりやられたりしたことは? ない。そうか、ならよかった。世の中には体験しなくていいことってたくさんあるけど、盲腸とこれだけは間違いないと思う。


 小学校5年生の頃、オレは野球部だったんだけど、冬は雪でグラウンドを使えないから、歩いて10分くらいの公民館に付設されたジムを使って練習してた。で、帰る頃には真っ暗だからってことで、ほとんどの親が車でジムまで迎えに来てたんだ。

 ある日、練習が終わって、広い玄関先で親の迎えを待ってた時、部活仲間の遠山有介ってやつが、「修也、これ知ってる?」って突然後ろから抱きついてきて、手を組んだままオレの体を持ち上げてから、軽く後ろにそらした。
 2、3秒ぐらいですぐ地面に降ろしたんだけど、組んだ手がちょうどみぞおちの辺りを圧迫するような感じで、ちょっと息苦しかったのは覚えてる。
 でもそれだけだった。特にオレの体に何の変化もない。
 しばらくの間、オレを観察するように眺めた後、有介は「ね、僕にもやってよ」って言ったんだ。「なんか、上手くやられるとすごく気持ちいいんだって」と。
 ふーん、とだけ思ってオレは特に何も考えず、同じようにして有介を持ち上げようとした。ただ、オレの時と違ったのは、有介は抱えられる前に、複雑な、ちょっと早い呼吸を繰り返していたんだ。それこそが意識を失う条件だった。

 その時までオレは「失神ゲーム」という言葉も、やり方も、どんなに危ないことなのかも全く知らなかった。実は昔からある恐ろしい遊びで、アメリカとかでもいまだに毎年死人が出てるし、いじめでもよく使われてるし、ネットにも度々出回っているんだけど、幸いなことに、オレの小学校では、話題になったこともなかった。でも有介は小学生なのにいつもタブレットを持ち歩いていたから、多分ネットで知ったんだろうな。

 だからオレに抱えられた有介が、同じようにすぐに床に降ろされたはずなのに、立つことができずにぐにゃりと膝を折って横座りになった時も、玄関の土間から段差のついたジムの床板にごとりと鈍い音を立てて倒れた時も、実際に何が起こったのか、オレにはいまいちピンと来てなかったんだ。
「有介、何ふざけてんの?」とオレは笑いながら肩を揺すった。

 でも有介は起きない。
 しばらく「有介、おい、有介」と声をかけ、肩を揺さぶり続けた。肩だけじゃなくて、手とか足をつかんだり、頬を軽く叩いたりした。冗談にしては、ちょっとしつこすぎると思った。その時ようやくオレは、有介が頭から地面に突っ込むような倒れ方をしたのを思い出したんだ。

 顔を覗き込む。嘘みたいに白い。
 そこでやっと、ヤバいことが起きたと気づいた。全身の汗が噴き出した。
「有介!」
 腹から声を出して叫ぶと、ようやく周りにいた友人たちやその親たちが異変に気づいて集まってきた。それからオレと同じように肩を揺すったりしてなんとか意識を取り戻そうとしたけど、有介は本当に、なかなか目を覚ましてくれなかった。

 そこへ有介のお母さんが迎えにやってきたんだ。彼女は部活の練習内容とか拘束時間のことでいつもキツめの質問や反対意見などを言う、神経質なタイプの人だった。
 割り込むようにして有介を抱きかかえると、何が起こったか、誰がやったのかを問いただした。オレは泣きながら事情を説明した。抱きかかえて、降ろしたら、その場所に崩れ落ちたって伝えた瞬間、「人殺し!」と怒鳴られた。

 今でもはっきり覚えているよ。
 あの顔と、あの声。
 クワッと眉間にしわを寄せて、唇を引き結んで、まるで人形ねぶたの鬼みたいな形相だったな。恐ろしかったよ。顔も、声も、言い方も。

 その全てが胸に突き刺さった。ああ、オレはもうダメなんだ、って思った。人生終わりだって。小学5年生でさ。これから一生、殺人犯か。
 そばにいた野球部のコーチが「遠山さん……」って、たしなめるように言ってくれたんだけど、お母さんはコーチにも同じ鬼の顔で睨んで、それ以上何も言わせなかった。

 そしたら突然、有介が目を覚ましたんだ。ホントにパッと目を見開いて、気持ちよく目覚めたって感じで。結局、失神してたのは、時間にして2分くらいだったと思う。あとで色々調べてみたら、この手の失神は普通は数秒、長くても最大3分くらいらしい。
「有介、大丈夫か!」
 周りにいた大人たちと、自分の母親と、泣いている僕を見て、有介はとても驚いてた。何が起こったのか、よくわからないという顔だった。コーチが色々と詳しい話を聴こうとしたんだけど、有介のお母さんが「救急病院に連れていきますから!」と遮って出て行ってしまった。


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