【小説】ステルス・ミッション 05

04

 翌日、私と修也君はいつも通り、朝の挨拶をかわすこともなくお互い自分の席に着き、しかしそれとなく筒井グループの様子を窺っていた。

 京子以外の3人は明らかに動揺していて、見るからに緊迫した面持ちだった。始業前に3人が京子の机の周りにすぐ集まってきて、それをリーダーの京子がうろたえるなと言わんばかりに制し、小声で話せと指示を出す。美佐子がスマホを取り出し、改めて内部告発文を3人に見せている(のだろう)。そこへ理沙が教室に入ってくる。グループ全員がそれを眺める。鈴香が理沙に近づこうとしたところを、京子に引き留められる。まだ早い、みたいな。ぷぷぷ。きまやげるのう。私は口元が緩むのを止められなくて、教科書で覆ってしまう。すごい。これもまた修也君の狙い通りだ。
 焦ってる。ばやめいでる。このまま内部の見えない敵に振り回されて、筒井グループが解散してしまえばいい。そしたらいじめもなくなって、修也君も安心するだろう。


 しかし、事件は起こった。
 6時間目の数学の授業中だった。先生の板書の音だけがコツコツと響いている中、突然、私のスマホが震えだした。鞄の中だ。鞄の中だから、そのバイブレーションの振動音自体は微かなものだった。だが、静かな教室内で、その音は違和感を発するには充分だった。いや、それも正しくないかもしれない。後々冷静になって考えてみたら、もしかしたらあの時、本当に私が動揺せず、振動音を完全に無視して黒板の方を見つめ続けることができたなら、あるいはバレずに済んだかもしれない。でもとっさのことで、私にはそれができなかった。鳴った瞬間に鞄を押さえた。周りにいたみんなが私を見た。

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 何が起こったか、そこでやっと理解した。京子が美佐子に命令したのだ。なるべく静かな授業中に「理沙いじめやめよう」さんに電話をかけろと。
 携帯電話は本来、学校に持ってきてはならないとされているが、緊急時にすぐに連絡を取りたい保護者の要望もあって、事実上黙認されている。そして最近ではほとんどの用事はLINEのチャット、つまり文字のやり取りで済んでしまうため、特に学校にいる間に電話をかけることもかかってくることもほとんどない。それが盲点だった。だからつい油断して、電源を切らず、普段通りマナーモードに設定したままだったのだ。なんてバカな私! 甘かった。甘すぎた。工藤パンのイギリストースト並だ。

 心臓がバクバクしてきた。脂汗が頭皮に浮いて、かゆくなる。筒井グループも確実に私を見ているだろう。京子はどんな顔をしてる? 怖くて見れない。
(助けて、修也君)
 鞄に手を当てたまま、とっさに修也君の方を見ようとして、やめた。ダメだ。まいねまいねまいね絶対にそれだけは。今ここで修也君を見たら、私のバックに彼がついていることが、京子たちにわかってしまう。それだけは避けないと。電話が止まった。先生も生徒たちのザワザワで気づいたはずで、振りむいたその先に私がいることも気づいただろうけど、振動音がそこで終わったので、結局は注意も何もせず、また板書に戻った。私は形が凹むほど強く抑えていた鞄から、手を離した。そこでチャイムが鳴った。

 引き続き、終礼が始まる。すぐに放課後になる。すぐに私は筒井グループに取り囲まれるだろう。真っ先に突っ込んでくるのは鈴香。いきなり胸倉とか掴んできかねない。まずい。どうするかを考えなくては。でもとりあえず今日、校内で修也君には頼れない。

 誰が何を話したか全くわからないままに、終礼は終わった。終わっていた。またチャイムが鳴る。ほとんど死刑宣告みたいに聞こえた。
 私は京子を見た。津軽こけしばりの氷の微笑。ああ、誰かが私に駆け寄ってくる! 

「久留実、一緒に帰ろうぜ」
「えっ?」
 ポンと優しく、肩に手を乗せる。修也君だった。下の名前を、呼び捨て。
「部活ないんだろ? 今日も」
 すぐ背後に、鈴香と美佐子が迫っていた。
 ちょうど修也君が、その2人を遮るような格好で、立っている。
 言葉はとっさに、出なかった。
 後ろにいた女子生徒が「何? 久留実とピーチって――」と言ってニヤニヤする。修也君は桃川という名字から「ピーチ」と呼ばれているが、私はそのあだ名があんまり好きじゃない。なんか安直すぎるし。

「そう。つき合ってんだ。昨日から」
 はっきりとそう言って、修也君はそのまま私を自分の肩に抱き寄せた。
 えーっ、と歓声とか嬌声とか奇声とかが上がる。全然区別できないけど。「え、なになに?」と好奇心むき出しで野次馬の男子たちも寄ってきた。修也君は満面の笑みで私と自分を交互に指さし「だからー、与田とオレ、つき合ってんの。アチュラチュなのよ」と、いつもよりさらにチャラキャラをトップギアに入れて宣言する。もちろんそのアピールは鈴香や美佐子、そして背後に控えている京子に向けてのものだった。庇ってくれている。私は急に安心感に包まれて、涙が溢れそうになった。何も言えない。せめてここは同じノリで修也君にリアクションを取らなきゃとは思うのだが、声を出すと泣いているのがバレそうだった。涙を隠すために、うつむいてしまう。
「やだ、久留実。照れてるー」「ウザ、自慢ウザ!」「リア充、飛び散れし!」
 ガヤの騒音に修也君は「はいはい、盗撮写真のSNS利用は控えてね」と軽くあしらいながらも素早く私の鞄を手に取り、背中に優しく手を当て、教室を出るように促す。出る直前、廊下側の壁に寄りかかって座ったまま腕組みをしている京子の姿が見えた。

 その目はもう、笑ってはいなかった。


*きまやげる:ムカつく+イライラする+悔しい。

*ばやめぐ:うろうろする、おろおろする。歩き回る。

*工藤パンのイギリストースト:ゆっくりワールドグルメさんの動画へGO!

*まい(ね):ダメ。NO。

・津軽こけし:津軽こけし館のサイトへGO!

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