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10/5 詰め込んだ気持ち。

どんなに忙しくとも、彼は品物を袋に詰め込む。慣れた手つきで繊細な配列できっちりと。寡黙で無表情な彼はひょうひょうと仕事をこなす。

僕の住んでいる家の近くに一軒だけある名前も聞いたことがないスーパー。そこそこ広く、客も多いが品物は新鮮とはいえない代物で、値段も安くはない。いい所はなにもないが、強いて言うならば近いということだけ。他にスーパーがあればそちらに行くだろう。そんなスーパーで彼は働いている。

彼というのは、スーパーの店員で、年齢は不詳。態度はさほど良くはない。ただ、彼は必ず品物を袋につめてくれる。どんなに忙しかろうが袋につめる。
そういう方針のお店かな? 最初はそう思って周りのレジを見渡した。だが、他の店員はレジ袋をカゴにぶち込み素知らぬ顔をキメ込んで「次の方〜」と言っている。通いだして三年。彼だけなのだ。いっとき、彼に憧れてか、レジ袋に品物を詰めようと頑張る若者もいた。しかし、結局は忙しさに負け断念した。
何故か……そりゃあそうだ。だって、袋に詰めても、時給は他の店員と一緒なのだから。彼が何故頑なに袋に詰めるのか……謎だ。

そんな彼が一度だけレジ袋に品物を詰めなかった日があった。
リニューアルオープンの日だ。店の名前も変わり、店長も変わったみたいで、方針が変更され大きな声で接客しなければいけなかったりとマニュアルができたようだった。レジ袋につめることを効率的ではないと指摘されたかのように、彼は詰め込むのをやめていた。機械のようだった彼がどことなく、悔しそうな表情をうかべていた。
だが、その数日後なにくわぬ顔で彼はまた袋に品物を詰めていた。マニュアルごときに屈しない不屈の詰め込み精神。立派な詰め込み師だ。

数日後、いつものようにスーパーに行き、いつものように彼のレジに並ぶと、前の客のクーポン券かなにかのことで、隣のレジのおばさんと喧嘩を始めた。なかなかの剣幕での口論だった。さすがに今日はレジ袋に詰めてくれないかなと思ったが、彼は荒々しい手つきで袋に品物を詰め込んだ。口論しながらノールックだったが確実に的確に詰めていた。

普通なら嫌な気分になるような接客だったが、初めて感情的な彼を見れて少し嬉しかった。

そして、今日。いつものごとく僕は買い物カゴに商品を入れレジに持っていった。いつもの彼のレジだ。詰め込み師の口から「レジ袋つけますか?」と聞かれた。そうか、レジ袋が有料になったのだった。つけてくださいと伝えるとサイズを聞かれた。レジ袋の説明に「S.M.L.特大」と表記されている。LLではなく特大なことが気になったが、特大にしてくれと答えた。すると彼は大きな声で「特大!?」と叫んだ。
確かに商品に対しては大きいが、この後もう一店舗買い物したかったので、特大を頼んだのだ。その理由を伝えると彼は渋々レジ袋を出した。

しかし、詰めることはせずにカゴをスライドさせた。店員が詰めてはいけなくなったようだ。

詰め込むことができなくなったことへの苛立ちで大声を出したのか? それとも、袋へのこだわりが凄いのか? どちらにせよ、彼なりに時代の変化についていこうと必死なのだと感じた。

僕は荒々しい手つきでレジ袋に商品を詰め込み店を後にした。

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