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「イタイ大人」
ある種の「生きづらさ」を感じてる人は、わたしの作るものが好きだと思う。
「生きづらさ」って言っても、人それぞれだろうけど、世の中の矛盾とか自分の不甲斐なさとか自分のめんどくささとか…なんで自分はこんなに生きづらいんだろうってところに向き合ってる人たち…とでも言うのかな…
はっきりとした言葉に出来る程、自分もよく分かってないのかもしれない。
この「生きづらさ」
まぁ…日々もがきながら一生懸命生きてる人たち。
とでも言おう。
(偉そうですみません)
わたしもそのひとりだと言いたい。
だからこそ、わたしが作るお菓子やごはんはそう言うひとたちに引っかかるのではないか、と思うのだ。
自分で言うのもなんだけど、
わたしはものすごく純粋でまっすぐだ。
世の中で言う「イタイ大人」だと言うのは重々理解しているつもり。
だから、ふんわり生きていける人たち(言い方に棘があって申し訳ない!いい意味で「諦める」が出来るひとたち。言えば言う程伝わらない気がする…ごめんなさい)は私と一緒にいるのしんどいと思うの…
わたしがいい歳して、いまだにまっすぐで一生懸命だから。
そんなこと言ったって、無理だよ。
わかるでしょ?
みたいなこと、
この歳になってもあんまり思わないから。
たぶんイライラすると思う(勿論わたしに対して)
世に言う「理想」みたいなところを本気で思って追いかけられ続けるタイプ。
自分では、ディズニージャンルって言ってる😂
分かってる。
これが「イタイ」って見られてるところだって。ちゃんと感じてる。感じ続けてる。
ディズニーは非日常だから、万人に好かれるのよ。
わたしはそれが日常だから。
だから、一緒にいると疲れちゃう人が多いんだよね。
(だから引退して静かに暮らしたいと思ったりする…自分のせいでしんどい思いをする人がいる…という事がわたしはしんどい。あぁ…烏滸がましい考えだ…と思うけど。それに自分が恵まれてるからそう思い続けられているというのも知っている)
何人かの友人が、わたしのそんな部分をとても良く解釈してくれて「映画のなかのひとのよう」と表現してくれる。
有難いですね…そんな風に言ってもらえるなんて。
この歳でこうだから、たぶんもう変わんないんじゃないかなぁって思う。
本質としては、ね。
たぶんずっと「イタイ大人」なんだと思う。
だから、その名前に恥じないような、物語があるお菓子やごはんを作り続けたいなぁと思う。
言葉にはできないところ。
でも、なんとなく、食べたら「非日常」、物語の世界を感じられるようなもの。
そう言う、ある種の「癒し」になれるものが作りたい…なぁ。
生きるのしんどい人は
わたしが作ったもの食べてほしい。
科学的な根拠はなんにもない話。
もちろん何がそのひとにとっての「癒し」になるのかは分からないのだけれど…
#エッセイ
#日常
#イタイ大人
#生きづらさ
#食べること
こう言うこと書くから、
教祖っぽいって言われるのよね😂!
友人談。
(そんなつもりは勿論全くない)