菊之助の当り役2 『御所五郎蔵』
歌舞伎劇評 平成三〇年六月 江戸川総合文化センター
音羽屋菊五郎家の嫡子は、江戸世話物を継承すべき立場にある。
美貌と声のよさに恵まれた女方として出発した菊之助は、父七代目菊五郎の相手役を勤めることで、継承の準備を着実に進めてきた。『直侍』の三千歳、『魚屋宗五郎』のおなぎ、『御所五郎蔵』の逢州はその良い例だと思う。『髪結新三』の勝奴も同様。父と同じ舞台を勤め、将来に備える。これは御曹司として生まれた歌舞伎役者の特権であり、厳正な義務でもある。
修業を重ねた末に、三〇代後半に差しかかった菊之助は『直侍』の直侍、『御所五郎蔵』の五郎蔵、『魚屋宗五郎』の宗五郎、『髪結新三』の新三と、世話物の立役の継承に向けて着実に駒を進めてきた。
五郎蔵は平成二七年の四国こんぴら歌舞伎で初役で勤めている。今回の公文協東コースでの五郎蔵は二度目になる。私はこんぴら歌舞伎を観ていないので、今回がはじめて。こんぴらとの比較はできないが、菊之助の五郎蔵は画期的な出来映えであった。世話物の未来を語る上で必見の舞台といえるだろう。
星影土右衛門(彦三郎)の計略によって、女房皐月(梅枝)に縁切りをされる。お主のための二〇〇両のためとはいえ、皐月の心の内を察することが出来ない。手切れときいたら二〇〇両は受け取れない。決裂の末に、皐月の身代わりとなって土右衛門と同道する逢州(米吉)を皐月と過って殺してしまう。
単純に物語をたどると、なかなか難しい芝居だ。五郎蔵は、皐月や逢州の思いを受け止められず、物事を深く考えない早計な男と思えてしまう。このあたりが五郎蔵を演じる難しさであった。
父、菊五郎は、あくまで世話物の様式のなかで、男伊達の美学として観客を説得していく。気が短かろうが、思慮が足りなかろうが、男伊達の粋として見せてしまう。
菊之助は、菊五郎から初役のときに父から教わったのは間違いない。ただ、今回、江戸川総合文化センターで観た五郎蔵は、菊五郎のやり方とは違っている。
年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。