俺が通ってた高校は魔境だったep.24 戦線異状なし

 昭和のいつか。季節は秋。

「お兄ちゃん、起きて」
「……わっ」
「大丈夫?」
「……おはよう瑛子」
「ひどい顔色」
「なんで当然のように一緒に寝てるねん」
「?」
「なんで『わけわかんない』って顔してるねん」
「変な関西弁」 
「オレ好きだもん、あの漫才コンビ」
「何かあったの?お兄ちゃん」
「鈴木瑠美子と夢の中で話した」
「ここには入れないはずだよ」
「でも現れた」

 陰鬱な気分だ。
 これが小説なら。
 これが漫画なら。
 これが映画なら。

 俺は敵役であるウサギもどき、鈴木留美子達に同情しただろう。
 あくまでフィクションなら。

 俺の自宅にいる公安の人に連絡。
 少しして上役の人が来たので夢の内容を話す。
 すぐに伝えるとのこと。
 彼女らの背景がわかっただけだが。

 滅びを逃れる為に他の天体へ移住する話はよくある。
 地球の場合を考える。
 隣にある火星ですら人類は住めない。内側にある金星などもっと無理だ。

 光の速さですら何十、何百年もかかる太陽系以外の恒星系。そこには移住可能な星があるかもしれない。

 だがどうやってそこへ行く?
 光速で移動出来たとしてもそれは難しい。
 宇宙は気が遠くなるほど広いのだ。
 光速を克服する様々な方アイデア。フィクションでは色々考えられた。

 冷凍睡眠、巨大な宇宙船で世代交代しながら旅をする、受精卵だけを運びロボットにサポートさせる等々。
 でもそれらは絵空事。実現するには気の遠くなるような時間がいるだろう。

 鈴木瑠美子達が手にした魂だけを転送する方法は全ての問題を解決する方法。凄い技術だ。
 ただし転送先の生物を犠牲にすることで成り立つ。

 俺が非難する気にならないのは、地球人だって同じ境遇に立たされたら実行するだろうから。

 彼女達と立場が違うだけなんだ、それだけだ。  

「また変な顔してる」
「色々とな、考えただけだよ」
「朝ごはん食べる?」

 こんな時でも腹は減る。

「ああ!食べるぞ」

 美味かった。瑛子の料理、佐藤優子のお母さんと良い勝負が出来る。

「じゃ行ってくるね」 

 瑛子は学校へ。
 俺はこの部屋で待機だ。警護上の理由。
 瑛子に漫画週刊誌を頼んでおく。

 後は家から持ち込んだSF小説を読み直すことで時間を潰す。何度読んでも面白い。

「元気にしてる?」
「ハァイ!◯◯君!」
「だひゃあ!」
「あはは面白い驚き方!」
「二人とも普通に来られないんですか?」

 背後から突然現れる佐藤優子とアンネさん、揶揄ってるんじゃないだろうな。

「学校サボって何してるんですか」
「瑛子ちゃんから聞いたから」

 お?名前呼びに変わったぞ。

「気分は落ち込みましたが、大丈夫ですよ」
「へぇこんな本読むんだね」
「ガキの頃からこういうのが好きなんですよ」

 宇宙はわからないことが多すぎる。吸血鬼が実在する地球もまだまだ未知が多いけど。
 色々訊いてみたいけど、明らかに対人闘争の歴史になるだろうから、それはやめとく。

「念の為に他国から同族が来日するわ」
「やはりルーマニアが多いんです?」
「それもただのイメージよ」

 長命の人物に関する伝承の数々。
 日本の有名な尼さん、ロシアにいた怪僧、ヨーロッパの伯爵など。

「来るのは戦闘に長けた人達」

 何百年も鍛錬なり戦闘なりをこなしてたら、それはそれで凄いんだろう。想像つかなさすぎるが。

「お見舞いありがとうございます」
「硬いよ、◯◯君。ほらもっとフランクに」
「だから年上には敬意を払うんですって」
「もう。しょうがないなぁ」

 物腰がナチュラルに女子高生。何百年も生きててそれが出来るアンネさんが少し怖い。

「んー?失礼なこと考えてる顔?」
「いやいやいや!アンネさんは魅力的だなって」
「本当かなぁ」
「て言うかアメリカ人みたいにフレンドリー過ぎません?」

 ヨーロッパの人たちはあんな陽気じゃない。

「人によりけりよ」
「はあ、そうですか」
「それよりもここ、快適ねぇ。日本の伝統美ね」
「アンネの言う通り、私は落ち着くわ」

 まぁ佐藤優子はそうだろうけど。

「失礼なこと考えてるでしょ」

 唇を指で塞がれる。近い。

「あはは。優子は気にするんだ」
「アンネさんは気にしない?」
「長生きしてるのは事実だからねー」
「その話題、まだ続くの?」

 佐藤優子が怖い。

「いえ!」

 不意に首筋に当てられる佐藤優子の唇。
 チカラが抜ける。

「優子は味にうるさいから、◯◯君の血はよほど美味しいんだね」
「あげないわよ」
「俺の意思は……」 
「アンネに吸われたい?」
「貧血になります」
「それはないよぉ。少しだけ」
「人間はほんのわずか血を失っただけで弱ったり、命を落とすもの」 
「そうなんですか?」

 保健体育か生物で習ったような気がするが覚えていない。

「元気そうだから安心したわ」
「◯◯君!またねー」

 二人が消える。
 昼過ぎに飯田奈美が来た。

「おう飯田もサボりか」
「今日は早退。お昼は食べたの?」
「あーうん、仕組みはわからんけどちゃぶ台の上に料理がいつ間にかあるんだ」

 少しホラーっぽい。

「そうなんだ。瑛子ちゃんすごいね」

 お!飯田も呼び方変えてる。

「これ、数学のプリント」
「くあー!他教科は何もなくて数学だけとは」
「中間試験、悪かったんでしょ?」
「聞かないでくれ、飯田」

 苦手なもんは苦手だ。

「いつもすまんな」
「ううん。気にしないで」
「それとな飯田」
「な、何?」
「今度は行かないんだよな?」
「え?私も行くけど……」
「今度は警察の機動隊、戦いのプロみたいな吸血鬼の皆さんが参加するんだ」
「そうなんだ」
「鈴木留美子達はなりふり構わないことしてくるぞ。危険だ」
「……」
「飯田はさ、確かに強いよ。それでも普通の女の子だ」
「え?」
「訓練とか受けてるかもしれないけど、今まで普通に暮らしてきたじゃないか」
「それはそうだけど」
「飯田の種族が危機だってわけじゃない。このイザコザに関わって怪我してほしくない」
「……」

 あ、目がうるうるしてる。 

「◯◯君を守りたいよ」
「それはすごーくありがたい。本音だ」
「なら」
「そこらの人間よりずっと強い飯田でもさ、身体的には俺らと一緒だろう?」

 炭素ベースの生物には変わりない。

「だから大人である機動隊にそこは任せて、待ってて欲しいんだ」

 飯田が奴らに傷つけられるなんてごめんだ。
 俯いてしまった飯田奈美。肩が震えてる。
 女子を泣かせるのは小学校のイタズラ以来。いたたまれない気分になる。

 不意に抱きつかれた。

「わ、私は人間ではないから、◯◯君に片想いするだけって割り切ってる……」
「……」
「だ、だからせめて◯◯君を、わ、私の力で守りたい……」
「……」

 ああああ!
 変な気分になってきたぞ!やばい!
 高揚した気分を落ち着かせる為に、そっと飯田の頭を撫でる。

「い、飯田、よく聞いてくれ。今更だが、俺はお前のこと嫌いじゃない。むしろ好きだ。恋愛的かものかはわからんが」
「……」
「飯田の本当の姿を知った今でも変わらないぞ、それは」
「……」
「だからこそなんだ。飯田に何かあったら、俺はとても平静じゃいられない」
「……」
「わかってくれ。頼む、な?」
「……」

 こんな経験ないからどうしていいかわからん。
 抱きしめてみる。
 女子って柔らかいんだな。

「……わかった」
「安心しろ、と安直に言えんが任せてくれ。陸上部だから逃げ足は速いぞ?」
「……うん」

「何してんのよ」
「わっ」
「イチャイチャしないでくれる?」
「瑛子……これがそう見えるのか」
「違うの?」

 おもむろに瑛子が背中から抱きついてきた。

「佐藤に血を吸わせてるのだって我慢してるのに、その上こんなとこ見せられちゃ私も限界」

 ……そうだった。俺はあの童女に監視されてる。

「わかった」

 もう好きにさせようと開き直る。
 こんなのラブコメ漫画じゃねぇか。

 女子の香りにむせながら、防衛戦に八十八ミリ砲を数百、パンサー、タイガー、ヤクトパンサー、キングタイガー、列車砲、虎の子マウスを配備する。
 海岸へまさに上陸しようとする煩悩・リビドーの精鋭。
 そいつらへ砲撃開始だ。
 奴らの艦砲射撃でトーチカが次々と破壊される。
 ユンカースとメッサーシュミットを出撃させ、上陸ボートを叩く。

 多くの犠牲を払いながらも勝利したものの、こちらの精神的損耗も大きく俺は倒れた。  

 こんな戦闘をしなくて済む彼女がほしい。

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