万葉線の出会い
ー 清 ー
しがない五十代のサラリーマン、清。
いつも庄川口から越ノ潟方面の万葉線に乗る。
いつも同じ席に座っている女子高生。セーラー服に濃い茶色のスカーフ。地元の湊高校の生徒だろう。透明感のある美しい面立ち。毎朝いつも慌ただしく電車でスカーフを結わえている。キカン気な顔つき。
目が一度だけあった。
「まずい。へんなおじさんやと思われとっかも。」
西新湊で降りる彼女。湊高(みなこう)に向かう。
「湊高の生徒か。賢そうやな~。ま、今の若い子はみぃんなカタい子に見えるわな〜。」
そんなことを呟きながら、車窓から外を眺める。中新湊を過ぎしばらく行くと電車は緩やかな坂を登っていき内川を渡る。富山新港にはコンテナ船やおっきなタンカー。そこかしこにはうず高く積み上げられた材木の山。みなとまち新湊のありふれた風景だ。かたや湊中学校の校舎が見える。内川緑地の公園も。何も変わらない昔からの風景。おわっちゃの故郷、新湊。
電車は東新湊に着いた。清はここで降りる。清は高周波の工場勤務。三交替しながら品質課長もやらされている。いわゆる便利屋、いいように使われている。
仕事が早く終わる日は、越ノ潟まで行ってわたしわ(渡船)に乗るのが日課。帰りは新湊ウオークロードを歩く。夕暮れの富山湾が一望できる。能登半島が見えることも。ちょっとした幸せなひととき。
赤灯台と白灯台が堤防を従えて富山新港を守ってくれている。ウオークロードは海が一望できる爽快な場所だ。ただ、高所なので厳重に柵で囲まれている。
「閉所恐怖症には辛いな~。でも開放しとったら、自殺の名所になってしまうかもしれんしな〜。」ふふっ、と鼻で笑いながら一人つぶやく清。
ー 美玖 ー
湊高生の美玖。高岡は御旅屋町、大島服装店の娘。今は服装店はやってない。昔は流行っていたが、少子化の影響もあって廃業した。御旅屋町の商店街はそういう店が多い。
父さんはいつも昔話。『昔は良かった。いい時代やった。中高生が沢山おって、短ランやらボンタンやら買いに来て、店はいつも人だかりやった。今はどうよ、商店街はいっつも閑散としとる。店いうたら飲み屋わっか。おらっちゃ商売人は肩身が狭いがよ。』毎日毎日、そんな繰り言が続く。
『あたしら若いもんは違うから。あんたらっちゃみたいに人生終わっとるわけじゃないから。』美玖は思わず叫びそうになる。でも、何したらいいかわからん。未来が見えん。友達と話しとっても、何かちごぅがよ~。大阪のなんたら大学なら行けそうや。大学行ったらサークル入って青春を満喫すんがだ〜。髪も金髪とかにしてさ~。
そんな話しわっか。もっとぉ〜、真剣な目標を持てんがかね〜。足に地のついとらん、浮わついた話しばっかして、やんなるわもう、、、。
あ〜、でもほんま、進路どうしよっか〜。あたしに何ができんがやろう。何すりゃいい、どうすりゃいいがだろ〜。毎日毎日モヤモヤすんな~。
ー 清 ー
清は東京でコンサル会社に勤めていた。世知辛い商売で、もうやっとれん、と思って辞めた。コンサルは全然人を幸せにできとらん、そう思った。見た目だけきれいなパワポの資料づくり、お客さんへのプレゼン。コンペで勝った負けた、に一喜一憂する毎日。何がやりがいながか、どこに理想の未来があんがか、おわっちゃがちっちゃいときに夢見とった理想の社会が実現できとんがか、サッパリ実感がわかんかった。お客さんからもきっとそう思われとったに違いない。何のために働いとんがか。いやんなって、とりあえず実家の新湊に戻った。仕事はそれから探した。それが今の職場。
数十年ぶりに戻った新湊。
まっでゴーストタウンみたいやな〜。店がない。飯食いに行くとこもほとんどない。飲み屋ばっかし。自販機もない。飲み物は蛇口から出す水か、お茶っ葉いれてお茶にすっか、その程度や。
はちまんさん(放生津八幡宮)の裏は新しい漁港。奈呉の浦の石碑の向こうには海が見えとったがに。今でちゃ、草木が生え、新漁港と堤防に遮られて、はちまんさんからは海が見えん。時代の移ろいちゃ儚いの〜。
今朝も万葉線。いつもの席に座る。キカン顔つきの女子高生もいつもの席に座っている。なぜか浮き浮きする清。
『うっかり目ぇ合わせたら怪しまれて、一本早い電車に乗り換えられっかもしれん。気ぃつけんなん。』
例の女子高生はスマホをいじっとったかと思えば、外の景色をボーッと見たり。なんか落ち着かん感じや〜。他の湊高生はおしゃべりしたり、前髪いじったりとかしとんがに。お洒落にも興味ないがかな~。不思議な子ぉや。
そうこうしているうちに、はや西新湊。清の朝のささやかな楽しみは終了。
ー 美玖 ー
新湊の旧漁港のすぐ近く、港町におばば(おばあちゃん)の家がある。たまに遊びにいく。学校をサボるときの隠れ家。おばばはあたしに甘いから、訳も聞かずに歓待してくれる。ときどき新湊の昔話をしてくれたり。
「湊高野球部は強かった。やけどぉ、ファンが熱狂的で、負けたらエースの家に苦情の電話がかかってくんがよ~。わしの知り合いでもおったがよ、電話かけられてきて困っとった人が。そういやぁ、大昔の話やけどぉ、熱が入りすぎてファンが審判を殴り倒したこともあるらしい。あ〜、みっとくない(みっともない)、新湊の恥さらしやわ〜。」
「昔はねぇ、はちまんさんの裏で海水浴できたがよ。あこは砂浜でねぇ。泳いで戻ってきてから、近所の八百屋で水で冷やしてもろたスイカにかぶりつたもんやった。美味しかった〜。夏の海水浴。ほんまに楽しかったがよ〜。」
そんな話しが延々と続く。
金曜の夜から春休み。おばばの家に泊まる。湊高の友達と遊んだり、奈呉の浦大橋からはちまんさんの辺りまで、海辺をブラブラしたり。
海。漁船が漂っとる。波に揺られて。
真っ黒な海。きれいな青じゃない、真っ黒な緑色の海。
旧漁港の赤灯台、白灯台も見える。
赤灯台は地続きでない切り離された堤防の端っこに立っとる。誰がどうやってあそこまで行っとんがだろう。船に乗って行くがかな〜。なんとはなしに海を見ながらボーッと歩く美玖。
驚いた。万葉線でいつも同じ電車に乗っとるおじさんがおる。はちまんさんに向かう海辺の途中。堤防に座って、タバコ吸いながら海を眺めとる。
どうしょっか。声かけてみよっか。
「こんにちは。」
怪訝そうな顔であたしを見つめるおじさん。
ー 清と美玖 出会い ー
え、万葉線の湊高生やねか。
おわのことわかったがか。さ、いつも同じ電車に乗っとっから気づいとるわな〜。
「こんにちは。いい天気やね~。」
おわ、なに、くっだらんことゆっとんがやろう。
「いつも万葉線に乗っとられますね。港のお仕事ながですか。」
「な~ん、高周波よ。三交代で働いとんがよ。」
「タバコ、美味しいがですか。さっきからず〜っと。」
清の周りには、タバコの吸い殻が散乱している。
「うまもないけどぉ、やめられんがよ。何かしら吸うてしもとんがよ。」
「ふ〜ん。」
「あんたは湊高に行っとんがけ。いつも制服しか見とらんから。だいぶ違って見えるの〜。当たり前か、ははっ。」
『そうや、このおじさんをダシにすれば学校をサボる口実ができんねか。都合のいいこというて、保護者代わりをしてもらおう』
美玖は気づいていなかった。それは自分への言い訳でしかなかった。大人に興味があった。大人の世界になんか惹かれた。
清は、傍らに置いた飲みさしの缶コーヒーをひと口飲む。少し距離を置いて美玖も隣に座る。
清はポツポツと、思い出話を語る。美玖が面白いと思ったのはこんな話しだ。
「おわ、高校のとき、ガーナ人を道案内したことあんがよ。内川の二の丸橋のところで話しかけられたがよ。英語で。
ポストオフィス、なんたらかんたら、ゆうて言われてよ~。郵便局のことか〜、いうて気ぃついたがよ。んなら、一緒に行ったげっちゃ、ゆうて、連れてってあげたが。
行く途中、英語で話しかけられっけど、よう聞きとれんかった。ほとんど身振り手振りよ。
立町に郵便局の支局があったがよ昔は。で、そこまで行ったが。用事は済んだみたいで〜。次は子供のズックを買いたい、ゆうてゆうわけ。んで、中新湊の商店街にあるはきもんや(履き物屋)に連れてったんよ。今でぇ、もうその店は無いようなっとる。店みんな閉めしもて。中新湊商店街いうてもただの通り道や。人、だ〜んもおらん。楽器屋だけやにか、店やっとんがは。
あ、ズックこうてからやけど、船に乘せてくれるいうわけ。せっかくやから、ついていったがよ。船長ながやって。ちゃんと部屋あったわ。今からおもたら恐ろしいわ。そのまま、船に乗せられて拉致されたら、とんでもないことやったわ。人生変わっとったやろ。ガーナでスパイに養成されて大韓航空機みたいに、ハイジャックしとったかもしれんな〜。あ、さすがに男のスパイはないか〜(笑)。
かんにかんに(ごめんごめん)。昔話知らんよな~。おじさんの年代しかわからんわ、こんな話し。退屈やろ~。かんにしられか(許してね)。」
はにかみながら、首を横に振る美玖。
「昔話は好きやよ。うちのおばばにも、よう聞かせてもらっとるし。」
ー 美玖 悩みを打ち明ける ー
なぜか清には気を許して、悩みを打ち明ける美玖。
「なんかね~、困っとんがよ~あたし。進路どうしたらいいがかわからんでさ~。」
美玖は正直に、今悩んでいることを打ちあけた。
「あたしぃ、将来なんしたらいいかわからんが。夢とか目標とか言われてもピンとこんがよ。」
「そうか〜。おわもわからんかった。あんたらっちゃ若いもんわぁ、可能性があるから悩むがよ~。
おわっちゃみんなぁ、なんしたらいいかわからんかったがよ。今で、大人どもが偉そうに能書きタレとっやろ〜。けど、みんななんすりゃいいかわからんかったんよ。全部あとづけやちゃ、カッコいい話しする奴は全員あとづけ。
悩め悩め。でも、止まっとったら前に進めんからの〜。悩みながら動け。考えながら走れ。それしかないわ。いいの〜、若いもんは。悩めるだけでも幸せやわ。
おわっちゃ、もう悩む気力もないわ。惰性で生きとるだけ。せいぜいタバコでもすうて、世をはかなむくらいやちゃ。」
ー 美玖 進路指導の時間 ー
今日はサボらずに学校に来た美玖。
うわ〜進路指導の時間あんねか。先生となん(なに)話せばいいがだろう。
そうや、語学の道を目指したいいうて言ってみよっかな~。フランスとかイギリスとか行けたらいいがにな~。外国語大学とか行きゃあいいがかな〜。フランス語のほうが役に立つがかな~。
勉強を真剣にやり直そうかと考える美玖。先生にもそう言ってみた。
「ほ〜ん、英語に興味あんがか。やったら、ジョンと話ししてみたらいいがじゃねーがか。英語で話してみたら、何か興味湧くもんが見つかるかもしれんぞ~。」と言われた。あの金髪の交換留学生のジョンか〜。ハンドボール部やろ〜。何考えとっかようわからんしな~。そもそもあたし英語で話せんし。どうしょっかな~。
ー 清 走る ー
清は学生時代から吸っているタバコがやめられない。
「おじさん、タバコやめたらもっとかっこいいがに。」
この前、帰り際に美玖にそう呟かれた。
走って体に負荷かけよう。そうすりゃやめられっかも。
美玖と会った翌々日の火曜日から走り始めた。会社帰り。最寄り駅から自宅まで走る。
最初は五百メートルでバテた。ちょっとずつ走れる距離が伸びてきた。土曜日は三キロ走れた。土日に強い負荷をかけるといいみたいやな~。タバコが気持ち悪なってきた。ひょっとしたら、タバコやめれっかもしれんな〜。
考えてみりゃ〜、酒も、仕事も、なんもかんも中途半端やったな〜。
思いっきり美玖に淫するか。反対に禁欲の世界に飛び込むか。
そりゃあそうと〜、人生やりなおせっか〜。今からでちゃきびしいわの〜。残りの人生、なんしていきゃあいいがだろう。
ただ、走るがは楽しいわ。三キロを休まず走れるようになってから体調が変わってきた。腹が減る。タバコがうまない。エスカレーターで歩いて登れる。信号が変わりそうだと走れる。食べ物の味がわかる。
いっちばんの快感は走り終えてからクールダウンで歩くこと。この爽快感。何者にも代えがたい感覚。安堵と充足とほどよい気だるさ。歩くことがこんなに気持ちいいやなんて。
不思議や。このクールダウンの快感のためだけに走りたいと思う自分がおる。
ー 美玖 英語で話す ー
休み時間。隣のクラスに行く。
ジョンとちょっこ話ししてみっかな~。ジョンは最初は不思議そうな顔しとった。何やろ〜、みたいな反応やった。何回か話しにいくうちにたくさん話してくれるようになった。身振り手振りも交え、すこしずつ英語でやりとりした。ジョンも話ししたかったみたいや。あたしもやればできんねか。ジョンと友達になれたねか。あたしでも英語できんねか。
それからは英語の時間が好きになった。進んで英語を勉強するようになった。特に英作文。どんどん英文が書けるようになってきた。だって、ジョンは文法違っとる、とか言わんもん。気楽にお互いの言いたいことが伝えられればそっでいいがや、ってことがわかってきた。苦手意識が薄れると、英語が苦にならなくなってきた。
これや。あたしのやりたいことはこれながやろう。やっと見つかった気ぃする。
ー 清 新湊のために何を ー
タバコをやめるためだけではなかった。走り始めたのには、他にも理由があった。
新湊の幼馴染との飲み会の席で、富山マラソンで走ったとき、沿道の応援に励まされた、と繰り返し何度も聞かされた。
「ほんまに嬉しかったがいぜ。知らんひとながやけど、頑張れ~、いうて応援してくれんがいぜ。どんな力になっかおもて(思って)。ほんま嬉しかったがよ。もうちょっこ頑張らんなン、走らんなン、いう力になったがよ。足つって、痛て痛てならんがよ。でも頑張れたがよ。」
応援してもらえたら、そんなにありがたいと思うものながか。なら、走ってみて自分で体験してみりゃいいがかも。と思い立ったのだった。
そうそう、走り始めたがはいいとして、おわ、ほんまに残りの人生でなんしたらいいがだろう。
愛する町新湊。少子化の影響をモロに受けとっせいか街に人がおらん。消滅してしもがでないがか。なんとか役に立てんもんか。
新湊のためにおわに何ができんがだろう。文は書けっから作文教室でもやってみっか。ソロバンでも教えっか。そっか(それか)、同級生の頭のいいヤツに数学教室でもやってもらおうか。
ー 美玖 母に本気を伝える ー
とうとうやりたいことは見つかった。気になんがは母さんのこと。父さんは根っからの商売人。家を省みず好き放題やってきた。母は体の調子が思わしくない。目の不自由なお手伝いのクメさんもおる。そりゃあ、自分の好きなように人生歩みたいけど。家の手伝いもせんならんし。
あ〜、これも言い訳かぁ。やりたいことがせっかく見つかったんやから、一回、お母さんに話ししてみよっか。
「お母さん、あたし、やりたいこと見つかったがよ〜。英語の勉強すっちゃ〜。英語の勉強できる大学に行くちゃ。勉強も本気で始めとっからね〜。」
「わかったよ。ようやく本気になれっことが見つかったがいね。良かったねか。さあ、晩御飯の支度せんまいけ。あんたも手伝ってよ〜。」
お母さん、なんか元気ない?
折角やりたいこと見つけたいうてゆうたがにぃ(言ったのに〜)。変なが〜。
複雑な親心がわからない美玖であった。
ー 清 新湊市史 外伝 ー
亡くなった父さんの持っていた新湊市史をパラパラとめくる。昭和三十九年に発刊されてから、続編として平成四年に市制四十周年を祝して編纂されたものだ。父さん母さんは土建業、おじじ(おじいさん)は漁師やった。その伝統をつないでいかんなんがかもしれん。新湊の昔はどんなんやったがかを次の世代の若者たちに教えてやらんなん。記録にも残さんなんやろう。
二二二頁。
「乱闘の町 新湊」
高岡からの独立反対演説会に人なだれ。
北日本新聞にこう書かれとる。新湊の人間は荒くれ者でちゃまだ言われ足らんがかよ~(笑)。
二三一頁。
市政実現に拍車。「独立新湊」前途明るし
昭和二十五年に分離独立が成ったいうことやな。
一〇八九頁。
審判殴打事件起こる。 これも昭和二十五年。湊高野球部のファンも荒れとったんやな~、この時代は。美玖のおばばに教えてもろた話と合ってくる。
一六七頁。
新湊空襲と代議士爆死。
第二次世界大戦の空襲が伏木と新湊にあったがらしい。港湾部やったからか。はちまんさん(放生津八幡宮)の入っと口にある銅像ちゃぁ、こんときの爆撃で亡くなった国会議員やっとられた卯尾田毅太郎さんを称えたものながだ。へ〜、これも市史にちゃんと書いてある。
これやな。ん~これや。新湊市史の外伝や。こりゃあ、みんなに伝えんなんかろう。伝わるように書いてみんなんやろう。興味を持ってくれるように物語形式がいいやろ〜。
お〜、ようやく見つかった。人生の最後にやらんなんことが。
美玖にラインで伝える。
「おわ、新湊市史の外伝を書き始めてみっちゃ。」
「なんけ、それ。」
「新湊の歴史を残さんなん。誰かがやらんなんがよ。おわっちゃとっしより(年寄り)が若いもんに物語にして伝えてやらんなんがよ。」
「ふーん、なんかしらんけど、頑張ってや〜。高岡のこともちゃんと書かれよ〜。あたしら高岡のもんがみんな新湊と仲悪いわけじゃないがだからね~。」
「おう、わかっとっちゃ。まあ見とってくれや。」
ー 美玖 母の思い ー
とうとう美玖が自分のやりたいことを見つけたようや。悩んどったんは薄々感づいとった。毎日、つまらん顔して学校行っとったもん。
クメさんの世話もあったし。ヤングケアラーじゃないけど、目ぇ見えんクメさんの世話を一緒にしてもろとったもんね。やーかったろう、きっと。クメさんは優しい人やから、こっそり小遣いもろたりしとったにせよ、『なんであたしがこんなことせんならんがけ〜』いうて思っとったがやろう。
よし、ここは踏ん張りどころやわ。お父さんに改心させて、心配せんでもいいようにさせんなん。
「お父さん、ちょっと来てくれっけ~。」
「おう、なんやったがよ〜。」
「クメさんのことやけどぉ。美玖は大学行って英語の勉強するいうとっから、もうあの子には手伝いさせんから。ワシと二人して、一緒にクメさんの面倒見てくだはれ。これまで美玖に世話手伝いしてもろとったけどぉ、もうやめっから。いいね~、頼んちゃよ~。」
「大学か〜。受験勉強せんならんゆうことか。そうやな、もう、おわも手伝わんなん、いうきとやの。わかった、やってみっちゃ。」
「手伝いじゃないがやぜ〜。二人でかわりばんこに面倒みるがいぜ~、わかっとる〜。」
「おう、そうかそうか。わかったちゃよ、ちちゃんとやっちゃよ。」
ー 清 高岡とのいざこざを知る ー
高岡との関係がどうも気になって、昭和三十九年発刊の新湊市史をとうとう手に入れてしもた。
お、八八五頁、曳山騒動とその始末書、いうて書いてあっわ。高岡と新湊の曳山でのいざこざが書いてあるな〜。
安永四年(一七七五)いうたら江戸時代やぜ〜。こんな昔から仲悪かったがかよ〜。お互い怨念がこもっとんな~。曳山に板打ち付けんかったいうて揉めたみたいやの〜。安永四年からの不仲かよ〜。こりゃ〜根が深いな~。
そういうても、髙岡には世話になっとるからの〜。万葉線も新湊と高岡で走っとっし。高岡の駅前で映画見たり、遊んだりしたがにな〜。おわらにしたら、街ちゃ高岡のことながよ〜。高岡のもんとも仲良くなっとるしぃ。
でも曳山だけはダメや。曳山のこととなったら、新湊のもんなぁ〜、みぃんな頭に血ぃ上っからの〜。あったまきたんやろう。高岡の曳山総代からいちゃもんつけられて。
板を付け直す決めじゃないからやらんかった、やとかして只の屁理屈やねか。新湊の人間の自分でもそう思うわ~。とぼけた言い訳してぇ、高岡の曳山総代の言うことは意地でも聞かんかったんやろう。
この辺がルーツやな、高岡と新湊の不仲は。小説にしてみっか。
ー 美玖 母と ー
母。美玖と話す。
「お父さんは家のことなんかお構いなし。自分の好き放題。稼いどっからいかろぅ、いうて毎日飲み歩いたり、賭け事したり。どっだけやな思いしたことかわからんわ。
やからね、あんたには好きな様に生きてほしいがよ。親の面倒みんが(みるのに)にあくせくしたり、やな思いしたまま生きとってほしないがよ。
せっかくやりたいことが見つかったがやろう。家のことなんか気にしられんな。やりたいことやられ。あんたの人生やろう。思いっきりやってみられよ。」
「でも、家のことどうすんがぁ。お手伝いのクメさんは目ぇ見えんし。うちの商売の手伝いももうないから、世話だけせんなんかろぅ。母さんとあたしとでどうにか面倒見てこれたけど。あたしがおらんようになったら困るやろう。」
「お父さんにやってもろちゃ。クメさんは遠縁やけどぉ、うちのいっけんまつい(親戚)の人間やもん。商売が調子いいときはぁさんざん働いてもろたがにぃ、見捨てるような冷たいことはできんちゃよ〜。
若いあんたにはね〜、未来があんがよ(あるのよ)。自分の道を突き進まれ。大丈夫。どうにでもなっちゃ、あんたがおらんようになってでも。」
黙りこくる美玖。そっと茶の間から出ていく。
ー 清と美玖 前に進む決意 ー
令和六年十一月三日、富山マラソンの日がやってきた。
秋晴れ。
少し肌寒く感じるくらいの秋の朝。路地の隙間のここかしこには、新湊特有の海からの強い風、あいの風が吹き抜けていく。
清は、きっときと市場でジョギングの部のスタートを待つ。
あっだけ練習したけど、四キロ走っとなったら息が上がッてしまうやろぅ。ま、完走できりゃいいか。最後は歩いてもいいしぃ。
スタート。
海辺の道。潮風や。海の匂いがする。こんなとこ、昔はなんもなかった。真っ黒な砂地に草ボーボーのただの空き地やった。草のない空き地を見つけちゃぁ野球したもんやった。当時は巨人と阪急が強かった。阪急は、今でオリックスバファローズに変わってしもた。おわも随分年取ったもんやな~。
黒い砂浜も草地もすっかり整備されて昔の面影はもうない。新湊大橋の角までやってきた。左に曲がる。大橋のカーブしとる登り坂をゆっくりと駆け上がっていく。足の痛みはまだ無い。なんとか折り返し地点まで走って行けそうや。
おお、右手には海が見える。能登半島も。反対側は富山新港。海王丸は綺麗やけど、停泊しとるタンカーはまたでっかいな~。
大橋の途中まで登ってこれたぞ~。高周波の工場スゲ〜な〜。こんなでかいがかよ。
卒業アルバムで見た新湊の航空写真とほとんど一緒やねか。大橋の上からはなんにも遮られんと直に新湊が一望できる。懐かしいこの風景。
小さい頃、夢見たいろんな夢や希望。何が実現できたんやろぅ。ただ、年食っただけか。そっでもいいねか。まだ生きとれるだけでも幸せやねか。人生百年、まだまだやれっことがあんがに違いない。
新湊大橋の橋の上。折り返し地点が見えた。とうとう半分走りきれたぞ〜。残り半分や。
おっ、美玖が応援に来てくれとる。なんもわざわざ見にこんでも良かったがに。
ニッコリ笑って手を上げる美玖とハイタッチ。
「なんしに(なにしに)来たが〜。暇ながかよ〜。」
憎まれ口を叩く清。
「せっかく応援に来てあげたがに〜。なんけよその台詞は〜。もう〜、素直じゃないがやから~。応援にきてもろて嬉しかろ〜。後は戻るだけやよ~。ガンバ、ガンバ。」
おっしゃ。さあ、戻ろうか。こっからは下りや。ゆっくり行こう。
折り返してすぐ、ふと立ち止まる清。振り返って美玖に叫ぶ。
「大学で英語ぉ力一杯勉強してこい。そんで、ガーナでもエジプトでもイギリスでも、どこへでも行ってこられ。みんな、あんたがぁ、帰ってくんがを待っとっからの〜。頑張られや。」
決めた。
あたしの人生、やりたいようにやってみよう。
「うん。大学行って英語の勉強すっちゃ〜。清さんも元気でおられよ〜。土産話い〜っぱい持って帰っからね。彼氏も連れてくっちゃね。」
「おう、連れてこらっしゃん。いい男ぉ連れてこらっしゃん。楽しみやな~。」
下り坂。
前に進む清。
前に進むことを決意した美玖。
二人の視線の先には、きっときと市場の赤いカニのでっかいハリボテ。その先には新漁港、奈呉の浦大橋、旧漁港と赤白の灯台。庄川、小矢部川、伏木港、そして緑に覆われた二上山。
これがおわのふるさと新湊。愛する故郷。
嬉しくて飛び上がって喜んだ思い出も、嫌で嫌でたまらんかった思い出も、みんなみぃんな此処にある。
ああ、思い出の地、新湊。
完