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【小説】 星降る夜と気になるアイツ 前編
プロローグ
時間旅行には制約がある。
これはタイムトラベラーが最初に学ぶことだ。
現時点、タイムスリップは、遺伝適正の合う人にしか許されない。
成功しても、それ以外の肉体は素粒子レベルで崩壊する、と言われている。
この文章を書いている時点の私は、岡野家で楽しい日々を送っている。
それでも、時々、思うんだ。ママはどうしているんだろう、と。
だって、どんな生い立ちで生まれようと、ママは肉親。
私の唯一、血のつながった大事な肉親。
だから結局、私は未来へ帰らなければならない。
しかし、実はすでに知っているんだ。
11年後になったら使命を背負って、この時代に戻ってくるってことに。
その時が来たら、ママに会おう。
そして、私たちと王子の恋物語を始めよう。
第1話 やってきた家庭教師
あたしは小野ヒナ。
平凡でメガネ少女で、ボーカロイドをこよなく愛する思春期まっただ中の新谷中学2年生。
あたしの振るわないテスト結果を見兼ねた両親が、痺れを切らして家庭教師を雇うことを決心した。その顔合わせを渋々、あたしは待っていたはずだった。
「私の名前はエリザベス。16歳。未来のあなたのひとり娘よっ!」
亜麻色の髪に碧い瞳のお姉さんが、あたしの前で決めポーズをとって現れる。
ここは、あたしの自室。壁にかかった時計は、昼の4時を過ぎている。
お姉さんに懐疑の視線を送るあたし。
この浮いたお姉ちゃんはだれ?
「あのー、、、ママ?大丈夫?」「うん。そっちこそ」
瞬時に放った皮肉のカウンターはどうやら、クリティカルヒットしてしまったらしい。
「・・・今のママが私を受け入れる許容量がないのは、わかるのよね。一応、私。某M工科大学卒業なんだけど」
「なるほど・・・つまり、あなたはあたしの娘で、あたしに勉強を教えてくれるのね?」
救いの手を差し伸べるあたし。要は勉強を教えてもらうだけの関係だ。
多少、頭がおかしくても、学力とコミュ力さえしっかりしていればそれでいいのだから。
「じゃあ。この問題解いてみて?」
数学の試験を見せる。過去、私が塾でつまずいた数少ない難問の一つだ。
「あれ?もうこんなところまで進んでんだ。放物線の問題、、、だったら、基礎解析や代数で解いた方が早いわよ」
これは私が知る限り、難易度の高い二次方程式の問題なのだが、あっさり暗算で解かれてしまった。
「じゃあ、中学生レベルで解いたら、どうなるの?」
「この展開かしら?」
二次方程式を解いてみせるエリザベス。
すごい。このお姉ちゃん。恐ろしく解説がうますぎる。
またたく間に時間は溶けていき、その日の授業は終わってしまった。
それが、最初の出会いだった。
翌日も、その次の次も、その調子で話は進んでいったと記憶している。
たちまち、レッスンの合間の一時間おきの休憩が待ち遠しくなった。好きな歌手とか、先生の悪口とか。エリザベスはすべてをそっと受け止めてくれて。家族以上に、あたし、彼女に居場所を感じ始めていた。
ペットボトルからブラックのアイスコーヒーを注いで、コップを手渡すエリザベス。
「エリザベスって、なんか懐かしい香りがするのよね」
彼女の焼いてきた米粉のクッキーを齧りながら、私はそのコーヒーをすする。
今は夜の8時。カフェインを入れすぎるのは不安だが、思考力のために我慢しよう。どうせ、今夜寝るのは深夜になる。
「懐かしい・・・か」
答えを知っているかのように受けとめる彼女。パパでもママでも、妹でもないのよね。
そう繰り返しながら、次に勉強する予定の英語のテキストをかばんから取り出す。
「そういえば、ママは部活はもう決めたの?」
「うん。美術部にした」
それが、学校のオリエンテーションで選んだ結果。内申書のためではない。趣味と息抜きのためだ。あたしだって、成績とは関係のない時間が欲しい。実際、自宅にいるときは、タブレットとペンを手放さないあたし。描くのが何より楽しい、と心から思える。
それに、絵は物語だ。そして、何よりメロディやポエム以上に雄弁になる。
友達とのカラオケも楽しいけど、それ以上に私は絵を見ると心が弾んだ。
幼い頃、母に連れられて行った東京での美術展が懐かしい。
そりゃあ、アニメも好きだけど、過去の巨匠が描いた絵や彫刻も魅力的だ。
「ふうん。私、全然、描けないのよね。ママが本当に羨ましいわ」
ファッションセンス以外は勝てないと思っていたあたしだったが、彼女より秀でているところがあると知って、得意になった。
「エリザベスは、恋したことはあるの?」
あたしはふと、思い出したように呟いた。「あたし、初恋してみたいと思っているんだ」
「あら、恋はやりたくてやるもんじゃないのよ」
エリザベスがコツンとあたしの額を小突く。
「どういうことよ」
「例えるなら『交通事故』よ。人生の道にばったり重なってしまった他人との交差点」
「うまいこというじゃない」
「私の歳になれば、きっとママもわかるわ。初恋はいつだって切ないわ」
エリザベスは誤魔化した。
「エリザベスの初恋はうまくいかなかったの?原因はファッションセンスかしら?」
ニヤニヤしながら、私は今夜のエリザベスのコーディネイトを皮肉る。
「このチェックのワンピースは私の趣味じゃないの。あまり、いじらないであげて」
「of course」
あたしは、英語で早速答えを返した。
休憩を切り上げて、さっそく次の英会話の勉強にとりかかるあたし。
そう。あたしは初恋に憧れている。
美術にしろ、音楽にしろ、物語にしろ。恋を題材にした作品は多いにもかかわらず。
でもなんだろ。興味はあるのに理解力が追いつかない。
ところが、それを話したこの翌日。
あたしは、その人生の大事故に出くわしてしまうことになるのだ。
第2話 王子様登場
「すいません。すいません!」
菓子折りを持ってきた初老の男性が頭を下げて、病室を出た。
残された私は、うんざり顔で壁から吊るされた自分の右足を見る。全治2ヶ月の右足首の骨折。
「あのね。確かに交通事故とは言ったけど、、、、」
目の前のエリザベスも呆れ顔。
下校時自転車通学の最中に、あたしは車と接触事故に巻き込まれてしまったのだ。おかげで、テストは期末試験は追試になっちゃったし、入院先は親族経営の病院で、個室に詰められ勉強からは解放されないし。
もう、踏んだり蹴ったりだ。・・・右足は骨折しているけど。
菓子折りを開けて、黄色い声をあげてるエリザベスをよそに、あたしはため息をつく。菓子折りの中身は、お菓子のディスカウントギフトのフルーツゼリーか。
「ママ、冷蔵庫、借りるわよ」
エリザベスがはしゃぐ。
「あなたって、あたしの娘にしては庶民的よね」
イヤホンを耳にはめながら、タブレットを見る。ボーカロイドの「ハードコア」。今日はこれをBGMに頑張ろう。
それは、通信教育のレッスンをこなしている時だった。
病室のノックがして、見知らぬ一人の銀髪執事が病室に入ってきた。
「エリザベスお嬢様。よろしいでしょうか」
「ああ、ゴンザレス。仕事中なんだけど」
勉強中のあたしをよそに、エリザベスが声をかける。
「トーヤ様をお連れしました」
銀髪執事の後ろに、一人の王子様が立っていた。
180センチはあろう長身に、流れるサラサラの髪。
整った顔立ち。爽やかな笑顔。
精悍な感じは隠しているが、、、、正真正銘の王子様だ。
「うげっ・・・!」
カエルが潰れたような声で、絶句するエリザベス。
「エリザベス。どうして、この時代に来てるのに、ボクのところに来てくれないんだよ?」
王子様が熱い眼差しで、エリザベスを見つめる。
すかさず、あたしは3階の窓ガラスから飛び降りようとしたエリザベスの腕に松葉杖を引っ掛けた。
「ママ、止めないでよ!私、こいつが苦手なのよ!」
うーん。理由はわからないが、ここで逃したら話がややこしくなりそうだ。
「ヒナ様、ありがとうございます」
トーヤはエリザベスをひょいと抱き抱えて、連れ戻す。わー、お姫様だっこだー。生まれて始めて、リアルで見たよ。
勉強ほったらかしの現状をあきらめながら、私は2人を観察する。
「どうして、私がママの所にいるって知ってたのよ!」
「つぶやきを見たんだよ。ボクがフォローしていることを忘れていたの?」
「・・・なんてことを、5歳の私め」
うん。こういうことがあるから怖いよね。SNSって。あたしはひとりゴチる。
「と、とりあえず、私がママの家庭教師をする間は、部屋から出て行って!」
「・・・あのトーヤさんとは、どんな関係なの?」
「親戚でもあり、私の過去の汚点よ」
エリザベスが言い放つ。
ああ、そうか。あれがエリザベスの初恋の相手か。イケメンとは。まったくもってうらやましい。
「トーヤは18歳。この時間軸ではスウェーデンのマリア先生に、声楽を教わっているはずなんだけど」
「え?」
聞いた単語が出た。マリアさんは、、、 マリア・ミズサワさんは母方の親戚のひとりで歌手として第一線で活躍するアーティストだ。あたしも一度だけお会いしたことがある。
「ってことはトーヤさんは、アーティストの卵ってことね?」
「そう言っても差し支えないわ・・・芸術家や音楽家に目がないのは家系の血のせいね」
意味ありげにあたしを眺める。
「ママだって、ビートルズの曲に感動して、パパと知り合ったんだから」
とんでもない未来の情報が出た。そうか未来のあたし、洋楽のファンになるのか。とても想像つかないなぁ。
そんな感じで、あっというまに2時間が過ぎ。トーヤさんが病室に入ってきた。
いろいろ話が紛糾して、あたしがわからない単語や事実もあったのだが、あたしの理解の範囲から言うと、かれこれ2年前、もともとトーヤとエリザベスは一緒に同棲していたのだが、初日の夜に喧嘩してエリザベスは逃げ出したのだとか。トーヤが失意の中、勉強に戻ったところ、この時間軸での5歳のエリザベスのSNSを発見して。それで追いかけてきた、とか。
まるでマンガやドラマの世界だ。
「何も、ママがいる前で全部、明かさなくてもいいのに」
「大丈夫、ヒナ様はそんな小さいことは、気にしないお方だ」
いや、王子。買い被りすぎだ。あなたが話しているのは、大人のあたしだろうけど、ここにいるのは14歳の少女。あまりに刺激的すぎて鼻血が出そうだ。
「ヨリを戻そう、エリザベス。ボクは君以外の女性は考えられない」
「却下。しつこいのは嫌なの!」
あー、永遠に噛み合わんな。この2人。
あたしは自力解決をあきらめて、ナースコールを押した。
小一時間後、静寂が病室に帰ってきた。
今頃、王子とゴンザレスは医務室で看護婦さんにこってり絞られていることだろう。ちなみに、エリザベスは私が看護婦を呼ぶと同時に3階の窓から逃げ出した。
「勉強する集中力も削がれちゃった」
今日はこれでおしまい。絵でも描こう。タブレットに向かって思案する。
・・・気になる。あの王子、綺麗だったな。
なんとなく、他人のような気がしないんだけど、なんか腹立たしいような、興味があるような。同級生はみんな受験戦争の真っ只中で、そんな出会いもかけらなかったし。もしかして、一部の子たちは恋愛に突入してるのかもしれないけど、あたしの青春は勉強とタブレットで終わってしまいそう。いやだな。勉強から解放されて、恋に焦がれてみたいわ。小説や絵画のように。
「おねえ。暇してんでしょ? 見舞いに来たぞー」
西瓜を下げたまりんが、病室にやってきた。
あう。またしても、あたしの平穏が。
「また、勉強サボってるー」
カットされた西瓜を冷蔵庫に入れて、タブレットを覗き込む妹。
まりんは小学6年生。
あたしと違ってしっかりしていて感情が豊かで、社交的にも明るい彼女。
昔から歌も絵もあたしより評価高かったし、友達付き合いも広くて、学級委員も何度も務めたリーダータイプの妹だ。あたしはそれに比べると研究者タイプだって、母さんは例える。
「あ、イケメンさん?」
勝手にタブレットを覗き込むまりん。
そう、あたしのペンは、あろうことか。さっきのトーヤを描いていたのだ。
少し慌てる。
「え、まぁ。そんなところ」
ごまかすあたしに、まりんが突っ込む。
「モデルは誰? 会ったことある人?」
「あ、ア、アニメよっ!」
「なんとなくケンケンに似てるね」
ケンケンとは、憲一父さんのこと。なぜか妹は、背伸びして父をこう呼ぶのだ。
なんというか。気がそがれた。
「・・・あのさ。まりん。恋ってなんだろう?」
「ああ、そういえば、おねえは彼氏いなんだっけ?」
痛いところをどストライクに直球勝負。
「悪かったわね!初恋もまだよ!あなたもでしょっ!」
ちっちっち。不吉な笑みを浮かべて、指を振ってみせる妹。
「あたし、最初の恋人はケンケンだと決めているから」
「・・・」
うん。よかったね。ここまで愛される、憲一父さん。
あなたはしっかり娘に愛されているわ。父の日のプレゼントはお手伝い券だけだったけど。
「その言い方だと、おねえの思い人だね。この人?」
「あ」
慌てて、タブレットをスワイプして、画像を隠すあたし。
不気味に笑う妹。ああ、その生温かい目はやめて。
「でも、この人はお勧めしないな」
「え、、?」
「なんというか、勘。他人の気がしないのよ。この王子様」
ふうん。するどい。
この落書きでそこまで読み取るとは。
2人で、西瓜をつまんだあと、迎えに来た父の車で帰るまりん。
夕暮れだったろうか。
病院の食事をつまんだあと、続きの宿題終えた後で、私は音楽を聴く。
耳をふさいで想いに沈む。
あの王子様。どんな子が好みなんだろうな?とか。エリザベスとどこまで愛し合ったんだろう?とか。ああ、ますます気になってきた。たった一度だよ?しかもついさっきのすれ違いだけ。それだけで、こんなに記憶に残るものなんだろうか?
思い人なわけがない。だって、あれは娘の元カレなのだ。
今夜、ミュージックアプリが流す歌はマリア=ミズサワ。あたしの切ない初恋の始まりだった。
第3話 美しい月
翌日から、エリザベスは変装するようになった。
ジーンズと真っ白なTシャツ。スカーフとサングラスで顔を隠し、、、。
「センスがないわね。20世紀の有名女優?ロー○の休日かと思ったよ」
「だって、ママ!」
「はいはい。早く、レッスン始めてよ」
まったく。どっちが教えられているんだよ。
「この問題だけど、この二次方程式は以前、解いたわね」
エリザベスが気を取り直して、授業を始める。
「ああ、代数とか、基礎解析とか」
あたしは思い出す。「面白そうね。そっちも教えてよ」
エリザベスはハッとする。
「いいけど・・・ママ、もしかして数学面白くなってきたの?」
「うん。答えはひとつしかないのに、アプローチがたくさんあるって面白いと思う。あれから、眠れなかったから勉強動画探してみてたの」
エリザベスがあたしをまじまじとみた。
うん。言わないわよ。本当は、王子のことを振り払うのに必死で、昨晩は完徹だったこととか。
「・・・はい」
エリザベスが手元から黒い機械を取り出した。
「?」
「ママに貸してあげる。タブレットの最新作。クラウドには、電子書籍と動画をありったけ入れてあるわ」
あたしはその機械を預かる。
「一応、大学の数学科で使っている講座まですべて入っているわね。本当はワイフォンを渡したいんだけど、さすがにママに渡すと歴史が変わってしまう恐れがあって」
うー。何者だ。未来のあたし。そして、なんだか面白そうだ。
「あんまし、熱をいれないでよ。とりあえず、追試を合格すればいいんだから」
「うん。わかってる」
「話があるんだ!ボクは君を愛している!」
「窓から逃げたわよ」
あたしは、レッスンが終わるのを待ち伏せていた王子様に、ひとこと告げた。
うん。同じ失敗は2度としない。あたしたち、予想できない二人じゃないから。
「ヒナ様。本当にいつもすいません」
謝る子犬のような顔に思わず、あたしはハッとする。
いかん。見るな、触るな、考えるな。断じて、あたしは恋なんてしていない。
「お願いがあるのですが」
「・・・」
あたしは沈黙する。恥ずかしくて、顔も見れない。
「ボクとエリザベスのお付き合いを認めてほしいのですが・・・」
ぶちっ。キレた。この後に及んで、まだ引きずるんかい。
「車椅子とってきて」
「はい?」
「ちょっと散歩したい。それに、あなたにいいたいことがあるの」
外は満天の星空だった。
普通の患者さんは夜間の中庭外出は認められていないが、あたしは特別。
トーヤが押す車椅子であたしは中庭に出る。
この病院は、町の郊外にある。
少し広い土地をとって、中庭に噴水があって。
一族が関わっている仕事の関係で、お年寄りにも対応できるよう、憩いの空間が確保されている。
正確には義理のおじさんが経営する病院だ。
あたしの母方は、資産家の家系。
一族は数々の教師や医師を輩出してきた。街でもなだたる名家である。
あたしは母親から、大学は海外を目指すよう教育されてきた。だから、小さいころから、英会話はとことん詰め込まれたものだ。
日常の英会話程度はお手のもの。ただ、学校では嫌味になるし、できる限り隠している。
学校の英語がいつも悪い点数なのは、実は目立たないためなんだよね。真面目に授業も聞いてないし。だから、以降は英語による会話だと思ってほしい。実際はアメリカ英語だったので。
「トーヤくんは、女心ってわかってる?」
「はぁ」
あたしは、トーヤに車椅子を押してもらいながら、中庭にやってきた。季節は初夏。今年の梅雨は早く明け、街部は猛暑と言わんばかりの暑さなのだが、この保養地は市内より5度は涼しい場所にある。
「『愛しています』は、そんなに軽々しく口にしていいものじゃないのよ」
「・・・ですが」
子犬のように、うなだれる王子。
うー。かっこいい一方で、かわいい・・・。頭をなでなでしたい。
その衝動を抑えながら、あたしは
「どうして、トーヤくんはエリザベスが好きなの?」と、聞いてみる。
「美しくて、賢いからです」
きっぱり言うなぁ。変なところで男らしいと言うか。でも、もはや気の無いエリザベスにとっては、多分、そんな割り切りも彼を嫌いになる理由の一つになっているだろうな。
「ふうん」あたしは相槌を打つ。「しつこい男は嫌われるって言うけど」
「・・・はい。わかっています。でも、彼女ほど、ボクの初恋の人と重なる人はいません」
その言葉にあたしの顔が凍りついた。初恋の人と重なる人・・・つまり、エリザベス本人が好きなわけじゃない?
「だったら、彼女じゃなくて、初恋の本人をを追いかけなさいよ。迷惑だからね」
「でも、その人は・・・。ボクなんかが手の届かない憧れの人なんです。だから」
「かわりに、エリザベスに手を出したって?」
話してみたいと思って、エリザベスを引き合いに病室を出たんだけど。できることなら、2人をなんとかしてあげたいと思っていたんだけど。これ、一番、ダメなパターンじゃん。ただのストーカーだよ? 顔は王子様だけどサイテーじゃん。
「それは恋愛じゃない。もう、ここに来ないで」
心を鬼にして、あたしは言う。あたしに難しいことはわからない。ただ、わかる。それが間違っているか、正しいのか。幼いながらの直感は、決して間違えてないと信じてる。
悪いわね。あなたを応援なんてできないわ。
「・・・ヒナ様はボクに自分に正直になれというんですね。代わりではなく、本当に愛する人を追いかけろと。だったら、あなたはボクを許してくれると」
少し怖いくらい真剣な顔で王子様があたしをみる。
この時、気づくべきだった。この王子様の言葉の真意に。
「わかりました」
車椅子が止まった。王子様がブレーキをかけたのだ。あたしの足元で、王子様が片膝をつく。あたしの右手をとって、口付ける。
「月が綺麗ですね。レディ・ヒナ」