三省堂の「今年の新語2024」への所感
三省堂の辞書編纂者が選ぶ「今年の新語2024」は、「ユーキャン新語・流行語大賞」とは少し着眼点が違い、今後の辞書に見出し語として掲載されてもおかしくないものを対象にしている。
ユーキャンの方で選ばれる語は「今年流行った言葉」であってその後のことは審査に含まれていないのに対し、三省堂では「これから人々の語彙に定着しそうな言葉」を選んでいるのが大きな違いだ。
自分と同じ「生き物」として変化していく言葉について、現在の自分の感想を残そうと思う。
1位「言語化」
え、今!? 今年これが流行したの?
私の体感では、5年以上前に言語化にまつわる本を買った記憶があるし、もうずいぶん前からいろんな大人が言語化言語化言っていた印象がある。
2024年に急に広まったという実感はぜんぜんない。
主にビジネス書や自己啓発本でよく話題にされている印象だが、最近そのあたりの書棚を見に行くことがなかったので、もしかしたら知らぬ間にもっともっと関連本が増えているのかもしれない。今度確かめようと思う。
選評には、「現代の人々が(略)『ことばにする』という営みを細かく捉えるようになったからかもしれない」とある。
確かにSNSによって、自分の言葉を多くの人に見てもらえる機会が増えたと思う。
所属も性別も年齢も暮らし方も人生経験もなにも関係なく、規約に反しない年齢でインターネットにアクセスできる人間であれば誰でもすぐに書き込み、投稿できる。
どんな人でも遠くに言葉を届けられる時代だから、より遠くまで深くまで届くように、できるだけ自分の感情と輪郭が近い言葉を求めているのかもしれない。
2位「横転」
この言葉は腐るほど見た。「横転ってスラング最近めちゃくちゃ見るな~と思ってたら新語にランクインしてて横転」って感じ。
リアクションを表すスラングでこれだけ誰も傷つけない語が流行ったのは少しうれしい。
最近のインターネットスラングがどんどん過激さを極めていくことに少し嫌悪していたところだったので、こういう感想がでた。
みんながころんころんしているインターネット、平和で良い。
3位「インプレ」
5年ほど前に広告系の会社にいたときは、「インプ」って呼んでたなあ~と思ったのも束の間、気づいた。
「インプレゾンビ」だ。それはとんでもなく流行りましたね。
「数うちゃ当たる」のような大量のポストも、バズ目的でとにかく過激さを重視した胡乱なポストも、正直うんざりしている。なんらかの対処がされるとありがたい。
4位「しごでき」
これももっと前から耳にしてる印象。私自身はあんまり頻繁に使うこともないけど。
「仕事」の部分については直接「職務」「労働」の意味で使うことよりも、友達数人で集まるときに手際よく仕切ってくれるとか、行きたいお店を予約してくれるとか、そういう気遣いに対して使うことのほうが多い気がする。そのくらいの軽さを感じる。
タメ口でフランクに話せる同期や同僚がいればお互いに使ったりするのかも。
現状の私にはいないのでわからん。
5位「スキマバイト」
今年の新語って言われてかなりしっくりくる語だ。
学生が自分の生活に合わせて働けるとか少し興味ある職場をのぞいてみるとか、そういう賢い使い方については新しい仕組みでおもしろいなあと感じる。
でも、企業に正社員で勤めている人がその給料だけでは生活が苦しいと感じてスキマバイトをするという話も聞くので、こちらについては本職の企業と社会の構造に問題があるんじゃないかと思う。闇バイトについては論外。
現代日本の「正社員雇用で1日8時間×週5勤務+残業」という労働形態が当然であるかのような価値観は明らかにおかしいし絶対にいつかガタがくると思うので、多様な働き方が広まることで生き方の選択肢を増やせるといいね。
6位「メロい」
これもよく聞いたね。「推し活」の流行ともつながる言葉だなあと思う。
「オノマトペ由来の形容詞は珍しい」という選評がいかにも三省堂らしくて好き。
形容動詞の「メロメロ」だと「アイドルがファンをメロメロにする・させる」「ファンがアイドルにメロメロになる」のように使われるけど、形容詞になった「メロい」だと「アイドルのこの姿がメロい」のように主体(ファン)を登場させずに文をつくれる。
「私だけでなくみんなメロメロになれるんですよ」という可能性をはらんでいるようにも聞こえて、自分の好きな「推し」を「布教」するのにも使い勝手がいいのかもしれない。
7位「公益通報」
きゃあ。全然知らん。ギリギリ聞いたことはあるけど説明はできない。
こういう方面の言葉はボーっと生きてると自分の中に一切入ってこないので、ある程度意識してアンテナを張らないとだめだなあと思う。
選評で兵庫県の県民局長と知事の間で起きた出来事が紹介されていて、多分こないだ選挙やってたやつだな…?くらいの認識になった。
文書問題 公益通報受け兵庫県が内部調査結果など公表
おそらくこれ
組織内で横行している悪事を外部に知らせることができて、通報した本人は守られる。
だいぶ良い仕組みな気がする。
先日も「職場いじめ」に関する殺人事件の報道があったばかりで、こういうことは実は社会にあふれているのかもしれない。
こういった制度の認知度があがることで、状況の解決やそもそもの抑止につながってほしい。
8位「PFAS」(ピーファス)
本当に一回も聞いてない。
「最近発見された便利化学物質かな?」と思ったら、分解されにくい点や人体に健康被害を引き起こすことで問題になっている物質らしい。
東京都、めちゃくちゃ基準値超えで地図が赤くなっており、笑うしかない。
基準値を超えたあとにしっかり対策をとり、どの地域でも基準値を下回るように調整されているようだが、それを今この瞬間までまったく知らなかったことに恐怖を覚える。
最低限はニュースを見ようと心がけているつもりだったけれど、来年はもう少し意識したい。少しずつでも。
9位「インティマシーコーディネーター」
知ってる。良いニュースも悪いニュースも目にした。
ドラマ「不適切にもほどがある」ではこの職業の扱い方がひどくて、確かこの回から続きを見ていない。
改めて考えると、この職に就いている人ってインティマシーコーディネーターとしての仕事だけで生活が成り立つんだろうか。
今の日本ではそこまで浸透していないように見えるから、何かほかの仕事と兼ねているんだろうか。
人と人とが直接は話しづらいことを仲介してお互いの意思を尊重する仕事、どんなジャンルであっても役立ちそうな気もする。(詳しくない外野が好き勝手言ってて申し訳ない)
ともあれ、フィクションなどの作品を安心して見るためには性的なシーンに充分気を配られていることはもはや不可欠だと思う。
「この撮影で犬や猫は傷つけられていません」と同じくらい重要。
「インティマシー」は英語で「親密」の意味で、そのなかに「キスなどの愛情表現」が含まれることもあるそうだ。
外来語としては馴染みが薄く、「インティマシーコーディネーター」という言葉でしか聞かないので、今のうちに和名をつけてもよいと思うけど、最近の日本はあんまりそういうことをしないので結局浸透しないのかもしれない。
「社会的距離」も結局「ソーシャルディスタンス」に勢いで負けた印象だし。
「インティマシーコーディネーター」もいずれ省略されたりして馴染むのだろうか。
言葉へのとっつきやすさはそのままその言葉が示す意味への理解のはやさにつながると思っているから、そこが懸念点だ。
10位「顔ない」
ネットスラングでよく聞く。
最近のオタクは9割顔がないか横転してるかのどっちかであるとすら言える。
しかし、私の周りで聞く「顔ない」は三省堂辞書編纂者の語釈と少しずれがある印象だ。
私自身は使っていない言葉なので、友達がどんなときに使ってるか知るためにTwitterでフォロー内検索をかけてみたが、あんまりよくわからなかった。
結構語義が広いのかも。
今回の語釈にある「おどろいた」「困った」「恥ずかしい」も当てはまるし、それ以外にも包含できる表現がありそう。
言い換えられそうな語としては、「無理」「耐えられない」「呆然としている」とかが近い印象…?
中心的な意味が一つに定まっていないまま流行語になるレベルまで浸透しているのは、「顔ない」が各々のリアクションを示すときのみに使われる言葉で、他者と詳細を共有するものではないからかもしれない。
(そしてここに位置する言葉は結構流行り廃りが激しい印象だ)
選評にある「合わせる顔がない」「面目ない」を連想させる、という点は以前から感じていたことだったので、だよね!!という気持ちで読んだ。
表現が変わったり増えたりしても、「顔」という言葉が持つ「体裁」のニュアンスは変わらないところがおもしろい。
おわり
以上が今年のTOP10だそうだ。
いわゆる「フィルターバブル」が私の使うSNSでも明らかに起きていて、私が最初から求めている範囲の情報はものすごく容易に手に入る。そして、普段興味の外にある物事はよっぽどの大ごとにならない限り、話題の方から転がってくることはない。
だから、もうすっかり生活になじんでいる言葉とここまで一切耳にしなかった言葉の乖離が激しいんだと思う。
すべての言葉に対して「流行ってまとめられる前に知って理解しておかなきゃ!」というのは不可能に近いけど、せめて新しい言葉に出会ったとき、最初から拒絶せずにまず受け入れようとする懐だけは用意しておきたい。