童話『ヘイゼルとぼく』後編
『たかし君が鉄ぼうから落ちた。
「あぶない!」と思わずさけんだものの、何も起こらなかった。たかし君は大好きな家族。守るべき大切な人なのに、わたしが持っているはずの力は出なかった。なぜ? どうして? もし打ち所が悪かったら、たかし君は大変なことになっていたのに。わたしには本当にそんな力があるのだろうか?
「ヘイゼル! ヘイゼル!」
名前をよばれてわれに返ると、たかし君は鉄ぼうの上でうれしそうにしていた。
「ぼくはやったよ! できたんだ!」
わたしが考えこんでいる間も、練習を続けていたんだ。やっとできるようになって、あんなにうれしそうな顔をしている。
たかし君は何度もくり返し、もう失敗しなかった。完全に自分のものにしたようだ。
おめでとう。よくがんばったね。でもできたしゅん間を見ていなくてごめんね。落ちた時、守れなくてごめんね』
さか上がりができたぼくは気分が良かった。
「今ならできるかもしれない」
ぼくはまたヘイゼルを自転車のカゴに乗せ、学校のうら山まで走った。岡のような山で、ちょう上には大きくて太い木が立っている。運動神けいのいいやつはてっぺん近くまで登れるんだけど、ぼくは半分も登れない。でも今なら登れそうな気がする。
ヘイゼルをカゴから下ろした。
「登れるかい?」
ヘイゼルは一声鳴くと、まるで地面を走るように半分まで登ってえだにすわった。後について登っていく。いつもより速いし、えだもしっかりつかめる。ぼくがと中までしか登れないのは、次のえだが遠すぎる所があるからなんだ。みんなは一度みきにしがみついて、登りぼうのように登ってえだをつかむんだけど、ぼくにはできない。落ちそうな気がするから。せのびをして指だけかけても、体を持ち上げられない。
ヘイゼルは先に登って上からぼくを見ている。目が緑色だ。
えださえつかめば大じょうぶ。ぼくは思い切ってジャンプした。
「いけない!」
えっ? だれ? そう思ったせいか、えだをつかみそこねた。落ちる! そう思った時、ヘイゼルの口からけむりが出た。けむりはぼくを追いかけてきて、周りが真っ白になった。どこもつかんでいないのに落ちるスピードがゆっくりになり、えだにぶつかっているはずなのに、どこもいたくない。ぼくはけむりにだっこされて地面に下りた。ヘイゼルも下りてきた。
「無茶をするなぁ、たかし君は」
「わっ、ヘイゼルがしゃべった」
「そうだよ。緑色の目をしてる時は、君やお父さん、お母さんと話せるんだよ。驚いたかい?」
「そりゃ驚くよ。でもすごいな。さっき白いけむりを出して助けてくれたのもヘイゼルなの?」
「そうみたいだね。あぶないって思ったら、けむりが出たんだ。わたしも今日初めて見たよ」
「ありがとう。ヘイゼルってすごいね」
「ニャア!」
「ヘイゼル?」
ヘイゼルの目は元の茶色になっていた。今何て言ったんだろう? 今度聞いてみよう。
不思議なネコ。ぼくの友達、ヘイゼル。今ならのどを鳴らしてくれるかな?
『わたしはうれしかった。わたしがたかし君を守った。大切な家族をわたしの力で守った。なんて素晴らしい力なんだろう。のどを鳴らす? やっぱりまだ言うことが子どもだね。でも、いいとも。鳴らしてあげよう』
〈了〉