童話『風の岬の小さな灯台』前編
作品について
2022年『日産 童話と絵本のグランプリ』童話の部に応募した作品です。400字詰め原稿用紙5~10枚の規定のところ、10枚フルに使いました。一度に公開すると長いですから、前後編に分けます。よろしくお願いします。
海に面した岬に灯台がありました。昔はこの灯台の光が船の目印になったのですが、別の場所に新しい灯台ができてから、光が灯ることはなくなりました。今ではもう古くなり、ひっそりと立っています。
人間は知らないことですが、灯台の場所が変わってから困ったことが起きていました。岬の傍を通るのは船だけではなかったのです。海からの潮風、山からの山風、春と一緒に吹く東風、雨と一緒にやってくる西風、冬の冷たい北風など、たくさんの風が通ります。灯台の光がなくなってから、風同士がぶつかることが増えたのです。
今夜もまた潮風と山風がぶつかっています。
「山風、どいたどいた」
岬の先っぽに早く着いた方が先に通るという決まりがあります。山風の方が先に着いたのですが、潮風は大きくて強かったので、そのまま通ろうとしました。山風も負けずに押し返します。ぶつかりあった二つの風はだんだん渦を巻き始めました。
突然びゅうっとうなるような強い風が吹き、二つの風が分かれました。
「いい加減にしないか。山風が先だ」
岬の大将と呼ばれる誰よりも強い風です。風たちのリーダーで、岬の大将に逆らう風はいません。
「大将、ありがとう」
山風は岬を通り抜けて海に出ると空高く昇り、山に戻ることにしました。潮風とケンカしたので、海を渡る気になれなかったのです。
帰り道に森があります。ちょうど真上に差しかかった時、山風は森に古くからいるカシの木に呼び止められました。
「すまんが、そこのろうそくの火を吹き消してくれんか」
ふと見ると切り株の上でろうそくが一本、小さな火を揺らしています。キャンプをした人間が消していくのを忘れたのです。
森の木達はざわざわと枝を鳴らしています。みんな火がこわいのです。木だけではありません。鳥や鹿、蝶など森の生き物にとって、火は住む場所も命すら奪ってしまうおそろしい火事を起こすものだからです。
「おやすいご用ですよ」
山風がびゅっと音を立てようとした時、「お願い、消さないで」とろうそくが小さな声でつぶやきました。「わたし、火事なんて起こさないって、みなさんに約束します」
「そんな約束、信じるもんか」
また木がざわざわと不平を言います。
「わたし、ずっと引き出しの奥にしまわれたまま忘れられてて、やっと外に出してもらって、火をつけてもらったんです。とっても素敵な森で、みなさんの傍に灯してもらえて、すごく幸せな気持ちで夜を過ごしています。火事なんて起こしません。みなさんを見ていたいんです」
ろうそくが話している間、山風はろうそくを見つめていました。昨日の夜から灯り続けたので、もう短くなっています。
「ぼくからもお願いします」
山風は森のみんなに言いました。
「ぼくも注意してみてますから、ろうそくさんのお願いを聞いてやって下さい」
「何を言うんだ」と、森じゅうがざわめきましたが、カシの木が、「君がそう言うなら、任せる。責任を持つんだぞ」
「ありがとう、カシの木さん」
山風とろうそくは同時にお礼を言って、顔を見合わせて笑いました。
(後編につづく)