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童話『風の岬の小さな灯台』後編

 森が静かに眠りについた時、ろうそくが言いました。
「さっきはありがとう。でも、なぜ一緒にお願いしてくれたの?」
「自分でも分からないけど、よかったね」
 山風は本当は分かっていたのです。ろうそくの火があんまりきれいだから、ずっと見ていたかったのです。
「そうだ。ちょっと待ってて」
 山風は森を抜け、野原の花畑の上を通り過ぎて戻ってきました。
「なんだかいいにおいがする」
「うん。花のにおいを集めてきたんだ」
「じゃあ、お礼にいいものを見せてあげる」
 山風はろうそくに近づいてゆらゆら揺れる火を見つめました。すると火の中に笑っている人間達の姿が浮かび上がりました。走り回る子供達、それを見つめる大人達、みんなとても楽しそうです。
「ここでキャンプをした人達。わたしを灯してくれたのよ」
 ろうそくの火が明るさを増しました。火の中に別の火が現れたのです。白く、勢いよく噴き出したかと思うと消え、次にパチパチと音が聞こえるようなオレンジ色の線のような火。最後に赤や青、黄色の火が次々と飛び出しては煙とともに、ろうそくの中の夜空に輝きました。
「花火だね」
「知ってるの?」
「そりゃ知ってるさ。いろんな街を旅しているもの。海の向こうの外国にも行ったことがあるんだよ」
「海? 外国?」
「ああ、そうだったね。ずっと引き出しの中にいたんだったね。じゃあ、話してあげよう」
 広くて大きな海のことや海を渡った時のこと、外国の街や田舎に暮らす人や、森では見かけない動物の話、山風の話はとても面白く、ろうそくは火をきらきら輝かせながら聞いていました。
「そんなに素敵な所なら、わたしも行ってみたいなぁ」
「そうだ。ぼくが連れていってあげるよ。ぼくの背中に乗れば……」
「とんでもない! なんてことを言うんだね」
 カシの木が大声を上げました。眠っていた森の木々が、またざわめき始めます。
「火を乗せて飛ぶなんて、もし落としたらどうなる? だからさっき消してくれって頼んだんじゃないか」
 山風が何か言おうとすると、ろうそくが、
「ありがとう。気持ちだけで十分だから。それにわたし、もうそんなに長く灯っていられないから」
「そういえば、さっきより少し短くなったね」
「そうなの。もうすぐわたしは燃え尽きるのよ」
「早く消えればいいのに」と言う木がいます。
 火が揺れて小さくなり、山風はろうそくが気の毒になりました。
「そんなひどいこと、言わなくてもいいじゃないか」
 思わずびゅっとうなった風が当たり、ろうそくの火が消えてしまいました。山風は驚いて、
「ろうそくさん、ごめんなさい。大丈夫?」
 返事はありません。細い煙が上がっているだけです。
「どうしよう。ぼくが消してしまうなんて」
 山風は悲しくなりましたが、森の木々は大喜び。山風はよけいに悲しくなり、消えたろうそくを背負って、海を目指しました。岬の大将の知恵を借りようと思ったのです。
 山風から事情を聞いた大将は、
「火をつける方法はある。しかしな、大きな火になってしまうと、おれ達に消すことはできん。それでもつけると言うのか?」
 大将は山火事が起こる理由の一つは風だと言いました。風と乾いた葉っぱから火が出ることがあると聞いて、山風は悲しくなりました。でも、やっぱりもう一度ろうそくに灯ってほしいのです。燃え尽きるまで傍にいたいと思うのです。
「火事には気をつける。だから大将、火のつけ方を教えて」
「分かった。葉っぱを集めてこい。あとはおれに任せろ」
 葉っぱを持って山風が戻ってくると、大将は一人で渦を巻き始めました。これまで山風が見たことがないほど強くて大きな、ここにだけ台風が来たような激しい渦です。先端がドリルのように回転し、葉っぱに突きささっているようです。
 やがて小さな煙が出て、葉っぱが焦げる匂いがします。小さな赤い火がつくと渦は止まりました。
「火をろうそくに移せ」
 火のついた葉っぱを近づけると、ろうそくがパッと灯りました。
「山風さん。ここはどこ?」
「岬だよ。ろうそくさん、さっきはごめんね」
「いいのよ。それより森とは違う匂いがするのね。それに、何の音かしら」
 ろうそくにとって初めての海。波の音と潮の匂いです。
 岬の先端をたくさんの風が通り過ぎます。みんなぶつかるどころか、いつもよりスピードを出しています。
「山風、さっきは悪かったな。ありがとう。通りやすいよ」
 ケンカした潮風にそう言われて、山風は不思議に思いました。
「山風よ。お前も沖に出てみるといい」
 大将に言われて沖に出て振り返ると、 
「あっ、ろうそくさん」
 岬の先端に灯ったろうそくの小さな火は、灯台の光のように風たちに岬の場所を知らせていたのです。                                                                                      
                               〈了〉


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