瀬取狩【せどり-がり】
新月の海。
指定の座標に着きボートから錨を下ろす。南十字星が冷たく輝く。
髪を結い、ダイビング機材を背負い、海に身を投げる。夜の海底に広がる白化した珊瑚礁。水中ライトが青に染まらない原色の海中世界を照らす。いつも通り、沈められた荷物を回収して浮上する。
甲板に上がり機材を外し、フロントファスナーを下げ大の字で寝転がる。息を整えながら顔を横にして荷物を眺める。
荷物の中身は、 覚醒剤か 拳銃か。この仕事をする度に命の軽さを感じる。他人のも、自分のも、この荷物よりきっと軽い。
一服し、船首を島へと向けた。
帰島。短い桟橋を渡り、機材を置きにダイビングショップに立ち寄る。亡き父から継いだ店だが経営不振により休業している。
車へ向かおうと砂浜を歩き始めたところ、突然、襲われた。押し倒され体を強く押さえつけられる。
「言うことを聞けば殺さない」
低い声。ニット帽を首まで被せられた。何人かの足音がする。あゝこのまま死ぬのか。意識が薄れていく。そのとき、
「アサクラ ユキ」
本名で突然呼ばれ、心臓が大きく脈打つ。
「いつも通りこのブツを次のやつに渡せ、必ずだ。余計なことは言うな」
何度も大きく頷く。
「しばらくそこで寝ていろ」
そう告げると道路へと走っていった。やがて遠くからエンジン音が聞こえ消えていく。
波音だけが残る。そっと帽子を取り、辺りを見回すが誰もいない。
力が抜け砂浜に倒れ込む。眼前には凍える星空。流れ星をいくつか見た。震えが止まらず、その身を自分で抱きしめる。
「生きてる」
ふと横を見ると、海から引き上げた荷物があった。見た目は変わらない、中身を変えたのか、何か仕込んだのか、奴らは何なんだ。これを渡しても何かあれば結局消されるのか。
両手で頬を押す。手に温かさを感じた。
「…行かなきゃ」
受け渡しの時刻まであと20分。荷物を拾い上げ車へと走った。
《続く》