「会社で働くこと」を考える
普段は都内の会社で働いている私。
5時50分に起き、朝ごはんを作って、テレビのニュースを横目にご飯を食べる。
7時には家を出て7時45分には会社で仕事をスタートし、定時後に終業。
このような生活を続けて、もう2年は経つだろうか。
先日、ある平日の朝、ふとお味噌汁を楽しみながら、
「何故私はこのような生活を送っているのだろうか?」と思うようになった。
会社に行くために、朝6時からご飯を食べている姿を頑張りすぎているように感じたのだ。
その時にこの企画を目にしたので、「正社員として働くこと」について考えてみたいと思う。
正社員として働き、まもなく丸7年。
転勤を含めた部署異動もあり、入社前に持っていた「働く」ことに対するイメージはだいぶ変わった。
「会社」「組織」は堅苦しいもの、そこに所属をしていることが全てであると思っていたが、今は全くその考えが私にはない。
むしろ所属していても「どんなことを考え、何をしている人なのか?」ということが重要なのではないか?と思うようになった。
背景には社会の変化もあるだろう。
私の会社では平日夜や土日の自由な時間を使うかたちであれば、申請式で副業の許可も下りる。
私もこれまでの繋がりをいかしてイベントの運営サポートなどをさせてもらっている。
そしてちょうど先日も新たなお仕事の話をしていたところだった。
だからこそあの日の朝、違和感が出てきたのかもしれない。
社会は日々変わっているし、それに伴って私たちの生活も変わっている。
なのに日々のルーティーンとして変わらないことに対する「これでいいのだろうか?」とふとした不安の一つだったように思う。
会社に属している以上、その会社への貢献は必須だ。
そして「貢献」といっても、様々ある。
新入社員であれば、まずは言われたことや決めたことをしっかり最後までやり切るということができれば良いとされる。
一方で少しずつ年次を重ねていくと、それで良いというわけでもない。
次のステップとしてより会社の成長や未来の会社を考え、動かしていくべき立場になる。
私も少しずつその域に入ってきているように感じ、個人的にも会社以外での学びや気づきを取り入れ、これからの未来をつくるきっかけを生み出す存在でありたいと思うようになっている。
会社の外に出て新たなインプットを得たり人脈をつくることは、プライベートと仕事の境目が見えないものの、「私」を形成づける一つとして外せない存在になり、「私」を取り巻く環境をつくる非常に有効な手段の一つになる。
ある意味「会社員」を利用する形。
それも利用するだけでなく、うまく還元していくことができると、また少し見える景色が変わるのだろうと思う。
すでに週の半分はフリーランスとして半分は社員として…という企業の事例もあるが、もっとこのような会社も増えていくだろう。
一方でこの考えは全てにおいて適用できるか?といわれるとそうでもない。
私の勤める先は製造業。
社内での会話には工場のメンバーの話もよく出てくる。
彼らの働きがあるからこそ、私たちの仕事もいきるのであり、彼らなしには語れない。
ある意味家族のような存在だ。
「両利きの経営」という本もあるけれど、着実に目の前の積み重ねをする人とそれをいかしてさらに次の一歩をつくる人。
それぞれ分かれて成り立つことで企業としても発展していくことができる。
私の会社ではリモートワークも一律でできるわけではないので、各部門判断。
この一連の話があるが故に、全体でも一律で決まっていることがあまりない。
私の場合、あまり製造業に興味がなかったので、申し訳ないけれどもこういう観点を踏まえて考えるようになったのもここ一年くらい。
「その前提も踏まえて、この会社の一員として働くのか?」と自分自身の中で再確認した出来事だった。
ホワイトカラー・ブルーカラーと線引きされるが、いい・悪いなんてない。
組織にいる以上、一人ひとりが最大のパフォーマンスをできるように組織づくりをしていくことが必要なのだと感じるようになった。
****************
今や会社を変えること・フリーランスとして働くことは選択肢の一つとして当たり前になっている。
会社でも人材を選ぶ権利があるが、私たちにも会社を選ぶ権利はある。
互いにメリットを持てる関係づくりが必要だと思う。
これにも2段階あると考えており、一つは自分の中での整理。
会社として大事にしたいこと・目指したい方向性と、自分自身が大事にしたいこと・目指したい方向性を照らし合わせて「本当にこの会社なのか?」考える。
YESなのであればそこでの貢献について考えること。
そして二つ目は会社との擦り合わせ。
互いにいい方向に向かうために、都度どんなスタンス・役割が最適なのか?話し合っていくこと。
会社ごと、もしかしたら部やチーム単位なのかもしれない。
もはや正解はない。
それぞれに適材適所がある。
もちろん規模が大きくなればなるほど、一人ひとりの価値の扱われ方など自らの意思ではどうにでもならないこともある。
そんな場合も自分自身と会社を照らし合わせることで見えてくることもあるだろうし、少なくとも私自身はそのように生きていきたいと思う。
一回の人生、会社のために生きているわけではない。
自分の人生をつくるために生きているのだから。