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noteと娘と人生の秋に

noteでエッセイを投稿しはじめたという娘に「ママも書いてみたら?」と勧められ、noteの存在すら知らなかった私がドギマギしながら、つたない文章の投稿を始めて3ヶ月が過ぎた

先日、娘が私の事を書き、その中で私の記事も紹介してくれたお陰で「娘さんの記事から飛んで来ました」と私の記事も読んで下さる方が多くいらっしゃり大変嬉しく有難い限りだ。

読んで下さる方との出会いに感謝し、私も色々な方のところへお邪魔して時には胸が熱くなるほど感動をいただいたり、自然と心が温かくなる素敵な文章に出会い幸せな気持ちにさせてもらったりと、この年で新たな世界での体験を楽しませてもらっている。

娘はきっと私に何か刺激を与えないと私が老け込むと察してnoteの世界へ誘ったのだろうと想像するが、今や私の平凡な日常の素敵なスパイスになっている。

アウトプットするという作業が脳と思考を整理してくれるばかりでなく、私の生き方をも前向きにしてくれていると感じる。


親にとっては子どもはいつまでも子どもだと思い込んでいた節があるが、親の知らない所でたくさん社会に揉まれ、苦しみ、自立し、いつの間にか私なんかよりずっと人の傷みが分かる心の広い大人になっているのだと感じるようになった今日この頃。

娘はことあるごとに、私に「何でもやりたいことをやって楽しく生きよう!」とメッセージをくれる。
体は小さいがバイタリティあふれる娘は「やりたい事は全部やる」と決めているのだそう。

最近では娘から教わることが多いことに気付く。


幼い頃は私が選んだ【石ころ1つない平坦で安全な道】を私の手をしっかりと握りしめて歩いていたはずなのに、、、

いつしか私の手を払い、自分で自分の歩む道を決めて進み出した娘。

時にはつまずいて転ぶこともあるし、疲れ果てて立ち上がれない時もあるが、ボロボロになってもまた自分の足で立ち上がり前へ進む。

そんな娘の姿には『覚悟』を持ってやりたい事を貫く強さを感じる。




この季節になると思い出す、娘が初めて経験する「小さな社会」の始まりの日のこと。

幼稚園の入園式が無事に終わり私と夫が安堵したのも束の間だった。
駐車場に停めてあった車に3人で乗りこむと、途端に娘は大泣きした。

ホールで行われた入園式では、先生に名前を呼ばれると手を挙げて大きな声で「ハイ」と返信もできたし、教室でもちゃんと席に座って先生の話を聞いたり、皆と歌を歌ったり、おやつも食べていたのに、、、。

ずっとこらえていたのか、緊張の糸が切れたのか、
顔を真っ赤にしてそれはそれは激しく泣いた。
血管が切れそうなくらい泣いた。

しばらく私も夫も何も言えずただ娘を抱きしめるだけだった。
小さな体が大きく震えていた。
大粒の涙で顔じゅうがグチャグチャになった。

そして家に帰ると娘は、真新しい幼稚園の制服も帽子も黄色いカバンもみんな捨てて欲しいと訴えたのだった。


翌日からは毎日、幼稚園で飼っているウサギさんにあげるニンジンをたくさんカバンの中入れて、頑張ってどうにか登園したが、この3歳の試練はしばらく続いた。


26歳になった娘は現在も私の知らないところで一人泣く日があるのだろうか。

そしてあの時と同じように自分で折り合いをつけて前へ進んでいるのだろうか。


数々の試練を乗り越えて今日があるのだろう娘とは、noteの世界では親子というより同志のような関係だが私はこの関係をとても気に入っている。


季節は新年度を迎えまさに希望に満ちた春なのだが、人生を四季で表すと私の今の季節は「秋」にあたるのだそう。

ならば実り多き秋になるよう、娘の言う通り好奇心を持って「楽しい心」で我が人生を謳歌しよう。

私達二人の近年のブームでもある数々の『母娘旅』についても是非noteに残したいと考えている最中だ。

『人生の秋』に沢山の「記事」が実るよう、
これからもますます精進して参る所存でございますので、母娘共々どうぞよろしくお願いいたします!

↓娘の記事はこちら

















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