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三都メリー物語

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神戸、大阪、京都を背景に男女の人間模様を描いてみました。
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#連載長編小説

三都メリー物語④

蕎麦屋を出ると、冷たい風にレイは肩をすくめた。相変わらず多くの観光客が歩いている。
藤岡准教授とレイは、八坂神社に向かった。

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『三都メリー物語』⑥

大学の図書館の窓から見える空は、12月とあってどんよりしている。川田レイは、3時限めが終わってから大学が明日から冬休みに入るので学生は少ない図書館でレポートを提出するためにまとめていた。
暖房の効いた天井の空調機から暖かい空気が、レイに眠気を誘う。レイの手からボールぺンが離れて机に転がって椅子から何処かへと落ちていった。
レイの斜め後ろの席の学生の足下にあることに、その学生が気付いて、ボールペン

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『三都メリー物語 』⑦

1月に入っても気温が15℃という暖冬だ。2時限で終わったので川田レイは、異人館に行ったことがないという佐野美緒と一緒に行ってみることにした。美緒は、四国からこちらの学生寮に住んでいる。

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『三都メリー物語』⑧

 大阪城の桜も綺麗だが、大阪城公園の駅から一駅か二駅の所に造幣局があり、そこには134種もの桜が338本、道をはさんで両サイドに植えられている。
成長した桜は、道の両方から伸びてお互いの枝が届くところまで来ている。それは、まるで桜のトンネルのようだ。これが『造幣局の通り抜け』。
レイと藤岡准教授は、手を繋いで、いく重にもなる八重桜の花に、レイはうっとりしている。  

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『三都メリー物語』⑨

立春後の寒気で、寒があけてもまだ残る寒さのことを余寒(よかん)というらしい。
レイは、氷点下で白く凍った道路を仕事に向かう駅へと歩いていると、そのうち東の空から眩しい太陽の日が差し掛かってきた。レイは、自分の吐く息が一段と白くなるのがわかった。
入社してレイは、3年目からもうすぐ4年目に入る。そんなある日の午後の3時の休憩後に、レイのいる部所に上司の島田さんと共にフロアに入って来る女性がいた。

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『三都メリー物語』⑩

西の空に夕日が沈みかけている。辺り一面が
藍色に染まるそんな光景をブルーモーメントというらしい。天気がよく雲のほとんどない、空気の澄んだ日にだけ現れると言われている。
レイは仕事を終えて駅まで歩いていると、その光景を目にした。電車に乗り、帰宅ラッシュの人並みに押され車内の奥へと進む。
昨日は、何のメールもなかった。そんなものよ。名前も書かずにいたのだから。レイはそう思う。
電車は進み出すと、

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『三都メリー物語』⑪

しゃ光カーテンの隙間から微かに太陽の光りが差し込んでいるのに目が覚めた。起き上がると少し肌寒い。慌ててレイはエアコンの暖房をいれた。
同じベッドで寝息を立てている夫の藤岡准教授を起こさず、静かに部屋を出た。
洗濯機に汚れた洗濯物を入れ、洗剤も入れてスイッチを押す。
温かいコーヒーを入れて飲んだ。
そういえば、レイの上司である34歳の男性の島田さんと、この会社を知り尽くしているようなレイの

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『三都メリー物語』⑫

 その夜、商店街のくじ引きで当たった花火セットを持ってレイと藤岡准教授は、自宅マンションの近くにある川沿いを歩いた。
夏の夜は、日昼と違って太陽のギラギラした刺激がなく、ぬるくて気だるいとレイは思う。

 街灯やマンションの家々の明かりから遠ざかったところで花火に藤岡准教授は、火をつけた。
しゃー、という音と共に火花を落としながら、一気に明るくなる。
二人は、童心に返ったように次の花火に火を

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『三都メリー物語』⑬

朝からどんよりとした厚い雲に空は覆われている。昼間は15℃を越えているのに、朝は2℃といった日中の寒暖差が何日か続いた。
そんな2月が終わる頃、いつものように通勤電車は、満員で終点駅の大阪で吐き出すように人が降りて行く。
社内のデスクに着くとレイは、既に出勤していた稲垣とお互い目を合わした。社内では、そんなに話すこともない。メールだけでやり取りしているだけだ。
そんなとき、レイの上司の島田が、

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『三都メリー物語』⑭

日曜日の朝、レイが目を覚ますと、既に藤岡准教授は起きていた。朝食を作っているのだろう、食器の合わさる音やフライパンで何かを炒めている音がする。
窓からレースのカーテンに明るい日差しがあたっている。
しかし、ロッカーに稲垣さんが迷惑しているといった手紙を置いたのは、いったい誰なんだろう。その日は何もなかったようにレイは振る舞った。けれど手紙を置いた人が実際いるのだ。仕事をしていても誰かと話をして

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『三都メリー物語』⑮

どんよりした厚い雲が空に覆われている。
そのうち激しい雨が幾数の糸のように風と共に降ってきた。木々の葉は風で揺れ、ベランダに干していた洗濯物も大きく風で靡いていた。
仕事を定時に終え、レイが自宅に着いてすぐのことで、慌てて洗濯物を取り入れた。
「また雨かあ」レイは、ひとり呟く。梅雨なのでしかたのないことだが、こうも雨の日が続くと気が滅入ってしまう。立葵という花が先っぽまで咲くようになると梅雨明

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『三都メリー物語』⑯

春の優しい太陽の日に心地よい風で道路脇に設置されているフラワーポットのビオラが優しく揺れている。朝の通勤でそんな光景を見るとレイは、今日も一日頑張ろうという気になる。
会社のデスクに着いたとき、稲垣がよくレイを見てニコッと微笑むが、近頃はそんなこともない。レイはそんな稲垣にメールを送っていない。
稲垣さんは、亀山さんと同棲しているから私にメールの返事を、あの手紙が置かれる以前からしなくなっていた

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『三都メリー物語』⑰

走行中の車のフロントガラスに幾つかの雪が落ちては溶けた。仕事を終えたレイは、スーパーに寄った後、自宅アパートに帰るところだった。
アパートの駐車場に車を止めて降りると、冷たく刺すような風が肌に感じた。仕事に疲れた身体にはこの冷たい風がなおさら堪えるとレイは思う。袋に入った買い物の材料を抱え、自宅アパートの扉の鍵を解錠し扉を開けて中に入った。
灯りのない冷たい奥内は、閑散としていた。そこは、2D

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『三都メリー物語』⑱

白い雪が、レイが着ている黒いダッフルコートに当たっては、溶けている。暗い夜の道は、足の裏の感覚さえ冷たさで奪う。レイのアルバイト先のイタリア料理店から緩い坂を下って歩いて15分のところに、3階建ての小さなカラオケショップがあった。イタリア料理店のメインデッシュシェフの30歳半ばで神経質そうで眼鏡をかけている青木とパスタ担当の27歳くらいだろうか、茶髪で顎にわずかに髭をはやしている細身の白井、ホール

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