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『資本主義の家の管理人』~市場化した社会を癒す希望のマネジメント 第六章 組織を動かす2つの力

第六章 組織を動かす2つの力 ~普遍的な重なりを作る



<本章の内容>
この章では、組織を動かす2つの力について詳しく解説しています。特に、「普遍的な重なりを作る」という概念を通じて、組織のダイナミクスを探求しています。



「多数の未知の相手と柔軟に協力できる能力が、人類を地球の支配者に押し上げた」

ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』

イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリは、2011年に出版した世界的ベストセラー『サピエンス全史』において、人類が地球の支配者となった理由を、人間の組織を構築する能力に求めました。ハラリの見解は、身体能力で勝る他の動物を凌駕し、圧倒的な力を持つ存在となった人類の優位性を説明する上で、非常に説得力があります。

昆虫や動物も、巣を作ったり、餌を獲ったり、敵から身を守ったり、寒さをしのいだりするために集団で行動します。例えば、ハチの巣には女王バチと働きバチの役割分担があり、サルの群れにはボス猿とその他のサルとの間に明確なヒエラルキーが存在します。このように、他の動物も人間に似た形で集団生活を営んでいますが、その形態は原始的と言えます。

しかし、人間の集団は、はるかに高度で広範かつ複雑なつながりを持っています。それを可能にしているのは、言語や概念を用いて見知らぬ人々と見えないものを共有できるという、人間特有の能力です。概念とは、神話や歴史、宗教、国家、企業など、人々の間で共有される物語や知識、情報を指します。この概念を共有する能力により、人間は高度で幅広い分業を行い、他の動物には不可能な大きな成果を生み出してきました。組織の機能とは、この概念の共有による分業を意味します。広範囲な分業体制を構築することで、人類は地球の支配者となったのです。

1.組織の要件:目的、要素、つながり

動物の集団活動と人間の組織の違いについて、さらに詳しく見てみましょう。辞書によると、組織とは「一定の共通目標を達成するために、成員間の役割や機能が分化・統合されている集団」と定義されています。つまり、組織とは、共通の目標を持ち、構成員の間で役割が明確に分化し、それぞれの機能が統合されている集団を指します。

「システム思考」を提唱したアメリカの環境学者ドネラ・メドウズは、『世界はシステムで動く』(2008年)の中で、組織を構成する要件として「目的」「要素」「つながり」の3つを挙げています。システム思考とは、複雑な問題や現象をその構成要素や相互関係から理解しようとするアプローチです。これを組織に当てはめると、集団として何を目指し、何を達成するかが「目的」、構成員の数や能力、スキルが「要素」、そして相互の信頼、役割分担、情報交換が「つながり」に相当します。

組織の目的・要素・つながり(筆者作成)

この3つの要件を成立させるのが、組織のマネジメントです。目的と要素については、特に説明の必要はないでしょう。抽象的でつかみどころがないのが3つ目の「つながり」です。つながりとは、要するに分業が機能しているということです。動物の集団と人間の組織の決定的な違いは、この分業という仕組みにあります。

アダム・スミスの『国富論』(1776年)の中に、衣料用のピンの生産を例に挙げて分業の効果を説明する話が出てきます。

ピンの生産は、針金を引き延ばし、切断し、先端をとがらせ、紙で包むなど、18の工程に分かれています。このすべてを1人で行うと、熟練の職人でも1日にせいぜい20本しか生産できず、未熟な職人では1日1本も生産できません。しかし、18の工程を10人に分けて作業させると、1人当たりの生産量は1日4800本に急増します。これは、熟練の職人と比べて240倍、未熟な職人の場合はなんと4800倍もの生産性向上を意味します。

なぜこのような劇的な生産性の向上が起きるのでしょうか。分業が効果を発揮するためには、適切な役割の割り当てと各工程間の作業の調整が必要です。苦手な作業を担当させたり、一部の工程に負荷が集中したりすると、それがボトルネックとなり、全体の生産性は最も低いレベルに引き下げられてしまいます。逆に、一人ひとりが得意な仕事を受け持ち、工程全体の仕事量が適切に調整されていれば、生産性は著しく向上します。つまり、「強みを活かし、弱点を除去する」ことで、分業の効果が最大化されるのです。

分業の効果(筆者作成)

各工程を担当する人々がそれぞれの高いスキルを発揮し、苦手な部分を他の人たちが補うことで、その集積は想像を超える成果を生み出します。このように、適材適所で役割を分担し、協力し合うことで、個々の強みが最大限に活かされ、全体の生産性が劇的に向上するのです。

しかし、分業の効果は生産性向上にとどまりません。分業は人間に「自負の念」ももたらします。そう聞いて、「組織が人間に自負の念を与えることなどあり得ない、むしろその反対だ」と考える人も多いでしょう。組織は人間を小さな歯車にし、自由と尊厳を奪うものだ、という意見もあります。それは一面では真実です。しかし、適切に設計された組織では、働く人々は自分の役割が全体の成功に貢献していると実感することができ、誇りや達成感を得ることができます。

確かに、大組織では人間は小さな歯車のように感じるかもしれません。しかし、人が組織に加わる理由は、そこに自分の役割があるからです。組織が求めるのは、構成員の強みであり、弱点や苦手な部分ではありません。

わかりやすい例として、スポーツ選手が挙げられます。野球選手は野球が得意だからこそ野球チームに参加し、サッカー選手はサッカーが上手だからサッカーチームに加わります。野球選手にサッカーをさせたり、サッカー選手に野球をさせたりしても、彼らが自負を感じることはありません。むしろ、サッカーチームに加わった野球選手は、他の選手が自分より上手にサッカーをプレーする姿を見て、自己嫌悪に陥るかもしれません。

野球が得意な選手が野球をすることで試合の質は向上し、観衆も熱狂します。しかし、サッカー選手に野球をさせても、選手は誇りを感じず、観衆も感動することはありません。

組織のもたらす価値について、ドラッカーは次のように述べています。

「優れた組織の文化は人の卓越性を発揮させる。卓越性を見出だしたならば、それを認め、助け、報いる。そして他の人の仕事に貢献するよう導く。したがって優れた文化は、人の強味、すなわちできないことではなく、できることに焦点を合わせる」

ピーター・ドラッカー『現代の経営』

このように、組織は個人の強みを束ねることで、集合的な成果を飛躍的に向上させます。個人も、自分の弱みを忘れ、得意なことで貢献することで自負と誇りを感じることができます。その結果、組織はさらに強く成長していくのです。

組織は人間性を奪うものだと考えられがちですが、実際には個人と組織はこのような関係にあります。だからこそ、人は組織に参加し、その効果が人類を圧倒的に強い存在にしたのです。もし組織が人間の強みを殺し、誇りを奪うのであれば、人は組織から離れ、組織は衰退していくはずです。このような状況に陥るのは、マネジメントに失敗したからなのです。

人類が長い歴史の中で成し遂げてきた偉業は、学問、技術、政治、事業など、すべてが多数の人々の協力によって生み出されたものです。組織化された集団の力は、常に1人の人間の力を凌駕します。それは、複数の人々が互いに強みを持ち寄り、弱みを補完し合っているからです。このつながりが断たれれば、人々は分断され、組織でなくなった人間の集団は新しいものを生み出さなくなるだけでなく、対立や分断、テロや戦争を招き、積み上げてきた価値を破壊してしまうのです。

2.組織の形成:1人が全体を作る

「ヒエラルキーは、部分から全体へ、細胞から器官へ、個人からチームへ、最も低いレベルから高いレベルに向かって発展する。生命が始まったのは、像からではなく、バクテリアからである」

ドネラ・H・メドウズ『世界はシステムで動く』

組織は1人から始まります。1人が別の1人とつながって活動を始め、そこにもう1人が加わることで3人の小さなチームができます。小さなチームと小さなチームがそれぞれ役割を分担してつながることで中くらいのチームができ、さらに役割分担が行われて大きなチームへと成長していきます。1人が2人になり、2人が3人になり、3人が9人になり、やがて100人、1000人の組織が形成されていきます。大きな組織も1人が全体を作っているのであって、全体が1人を作っているのではありません。

1人が全体を作る(筆者作成)

複数の人が集まり分業を行うことで付加価値が生まれます。最初は小さかった付加価値も、チーム間の分業が拡大するにつれて、生産が増え、それに伴い付加価値も増加していきます。

組織には「自己組織化」のエネルギーが内包されています。自己組織化とは、外部からの指示や命令なしに、組織が自律的に秩序や構造を形成していくプロセスを指します。自己組織化の過程では、個々の要素が相互に作用し、協力し、新しい要素を取り込みながら、組織全体が自然に拡大し、複雑化していきます。1人が3人になり、9人になり、100人になるにつれて、そのエネルギーは増大し、さらに組織を拡大させていくのです。生物の進化や生態系の発展、社会的なネットワークの形成などは、自己組織化の典型的な例です。

自己組織化を生み出す最初の力は、自己を拡張しようとする個人の本能です。人間は誰もが自己を拡張させたいという本能を持っており、100人、1000人の組織でも、その自己組織化のエネルギーは個々人のエネルギーが源泉となっています。小さな一人ひとりが、大きな組織の自己組織化のエネルギーを生み出しているのです。

このように、個々人のエネルギーを起点とする遠心力が組織全体に作用していきます。

組織に作用する遠心力(個人の自己拡張の力)(筆者作成)

3.組織に作用する2つの力:遠心力と求心力

組織には、個人の自己拡張のエネルギーが生み出す遠心力と、それとは逆に集団の秩序を保とうとする求心力が働いています。

遠心力は個々人の成長本能や自由に自己利益を追求したいという本能を指します。一方、求心力は仲間と一体化し、協力して何かを成し遂げたいという気持ちであり、人間の社会的本能とも言えます。個々人の成長本能は組織に発展と拡大のエネルギーをもたらし、社会的本能は秩序と存続のエネルギーをもたらします。この2つの力がバランスを取りながら作用することで、組織は成長し、安定していくのです。

組織に作用する求心力(集団と一体化しようとする力)(筆者作成)

遠心力と求心力が互いに作用し合い、環境の変化に応じて拡張したり一体化したりを繰り返しながら、組織は持続し発展していきます。会社を立ち上げて間もない頃は、創業メンバーがそれぞれの思いや個性に従って自由に行動することで発展します。しかし、構成員が30人を超えることから次第に遠心力が強くなり、放っておけば会社はバラバラになってしまいます。組織を一体化させ、全員が協力して働くためには、人事制度の構築や業務プロセスの整備などの施策が必要になります。

こうした施策が整備され、人が増え、時間が経過するにつれて、仕事の多くが徐々にルーティンワーク化し、組織の活力が失われていきます。歴史のある大企業などでよく見られるように、このような状態になると、会社は社員に個性や創造性を求めるようになります。このように、内外の状況に応じて遠心力と求心力が互いに作用し合いながら、組織は成長していくのです。

アダム・スミスは、この二つの力を「私益の追求」と「他者との適合性」という概念で説明しました。『国富論』の中でスミスは、有名な「見えざる手」という言葉を使い、個人の私益の追求が意図せず社会の発展をもたらすと説きました。この言葉が独り歩きして、スミスは市場主義の権化のように受け取られがちです。しかし、彼はもう一つの重要な著作『道徳感情論』(1759年)の冒頭で、「いかに利己的であるように見えようと、人間本性の中には、他人の運命に関心を持ち、他人の幸福をかけがえのないものにするいくつかの推進力が含まれている」と述べています。この推進力が「Sympathy(他者との適合性)」です。

「私益の追求」と「他者との適合性」は、哲学者であり社会経済学者であるアダム・スミスの思想の両輪であり、前者が遠心力、後者が求心力に相当します。この二つはともに人間の本能であり、どちらが欠けても人間社会は健全に発展しないと彼は考えていました。

スミスの思想をさらに発展させたのが、1世紀後に進化論を発表したチャールズ・ダーウィンです。スミスを深く研究していたと言われるダーウィンは、人間の共感能力が自然淘汰の過程で社会的結束を強化し、集団全体の生存と繁栄に寄与したと強調しています。

スミスやダーウィンの主張をたどることで、組織における分業の重要性が理解できます。分業は、強みを集約し弱みを補完する仕組みであり、強みを活かすことが遠心力に相当し、求心力によって個々人の弱みを補っているのです。

4.普遍的な重なり

では、この2つのエネルギーはどのように生み出され、どのように均衡させることができるのでしょうか。

「資本主義の家を管理する」という本書の最も重要なテーマはここにあります遠心力である「私益の追求」と求心力である「他者との適合性」の均衡点を見つけ、その均衡を維持すること。それが市場化した社会におけるマネジメントの役割なのです。私益を追求する遠心力は「小さな自由」であり、他者との適合性を見出そうとする求心力は「大きな自由」です。

「小さな自由」は市場で手に入れることができるかもしれませんが、「大きな自由」は他者との関係を通じて創り出されるものであり、市場で買うことはできません。「小さな自由」は、強固な土台となる求心力があってこそ、より強い遠心力を発揮することができます。「小さな自由」の土台を整え、「大きな自由」を実現するのがマネジメントの役割であり、それは市場ではなく、人間が担うべき重要な仕事なのです。

この土台に当たるものを、ここでは「普遍的な重なり」と呼びます。

普遍的な重なり(筆者作成)

この2つの力の形成プロセスを考えると、組織が1人の人間の自己拡張から始まるのと同じように、2つの力もまず最初にあるのは遠心力です。遠心力があるから求心力が生み出されるのであって、その逆ではありません。つまり、最初にあるのは個人の自由なのです。

幼児が立ち上がって歩こうとするのは、もっと自由に動きたいという本能があるからです。親に指示されたり命令されたりして歩き始めるわけではありません。そして、自由に歩けるようになると、周囲との関係や距離感を見ながら目的の場所に向けて直進したり、迂回してたどり着こうとしたりします。家の前の公園に行って遊ぼうと思っても、目の前を車が走っていたら立ち止まって危険がないことを確認してから道を渡ります。目的地にたどり着くという自由を、周囲との適合によって達成するのです。

周囲との適合は、人間の本能であると同時に、他者から教えられて身に付けていくものでもあります。車が走っている、道に穴が開いている、もうすぐ雨が降り出すといった情報は、状況への適合力を高めてくれます。学校で様々な知識を学ぶことも、複雑な社会への適合力を高めてくれます。

最初に個人の自由という遠心力があり、それが束ねられて組織は強くなりますが、多くのマネジメントは逆のアプローチを試みます。秩序や統制の名の下に構成員を束ねることを優先し、組織のルールや制度の枠にはめ込み、マニュアルやシステムに従って決められたことを実行させようとするのです。

自由を閉じ込めるマネジメント(筆者作成)

このような組織は一見秩序があり、安定していて生産性が高いように見えますが、発展のエネルギーが欠けています。構成員が自由に感じ、考え、意見を言い、行動しない組織には遠心力が働かないので、それに拮抗する求心力も生まれません。もちろん、自由を解き放つだけで組織が機能するわけでもありません。遠心力が生産的な力となるためには、それを束ねる土台としての求心力が必要であり、この2つの力が作用し合うことで組織は真に機能するのです。

この土台となるものが「普遍的な重なり」です。普遍的な重なりとは、構成員が共感し、信頼するものであり、どこに向かってどのように進むべきかを判断する拠り所となるものです。集団の理念や規範、ルールや制度、そして情報などがそれに該当します。さらに大きく言えば、人類の組織的な活動を可能にした神話や歴史、宗教や国家などの概念も、普遍的な重なりに相当するものです。

普遍的な重なり(筆者作成)

一見、自由を束縛するように思えるルールや制度も、組織が分業という共同作業によって大きな成果を上げるためには不可欠です。分業は、遠心力である個々の強みを起点とし、それが求心力である他者との適合性と作用し合うことで大きな力を生み出します。個人の自由は、普遍的な重なりという土台を持つことで、その一本一本が家を支える柱となるのです。このようにして集団に「大きな自由」が創り出されていきます。

自由を支える普遍的な重なり(筆者作成)

ここでおもしろいことに気づくかもしれません。先ほどの「自由を閉じ込めるマネジメント」の図は、「自由を支える普遍的な重なり」の図を真上から見たもののようにも見えるのです。本来自由の土台となるはずのものが、使い方によっては自由を閉じ込める柵にもなるということです。普遍的な重なりを自由の土台にするのか、それとも自由を閉じ込める柵にするのかは、マネジメントの考え方次第です。

5. 人を動かす、組織を動かす

しかし、分業はあくまでも組織が機能する仕組みであり手段に過ぎません。組織を動かすためには、その組織を構成する人々を動かすことが必要です。

デール・カーネギーは『人を動かす』(1936年)の中で、人に影響を与え、良い人間関係を築くための秘訣として次の6つを挙げています。

1)相手に対して誠実な関心を寄せること
2)笑顔で人に接すること
3)名前というものは、当人にとって最も快い、最も大切な響きを持つものであることを忘れないこと
4)聞き手に回ること
5)相手が関心を持っていることを見抜いて話題にすること
6)相手に重要感を与えること。しかも誠意をこめてこれを行うこと

この6つの原則が持つ魔法のような効果を、私自身も何度も体験しています。カーネギーの言葉は、人と組織のマネジメントに携わる人が忘れてはならない重要な指針です。

人の心を本当に動かすのは、高額の報酬や勲章などではなく、ましてや強制や命令でもありません。誠意をもって接し、「あなたが大切である」というメッセージを伝えることが人を動かすのです。人は誰しも、自分を大切に思ってくれる人を大切にし、その人のために何かをしたいと思います。この「この人のために何かをしたい」と思ってもらうことが、「人を動かす」ということなのです。カーネギーの言う、笑顔や名前を覚えること、聞き手に回ることは、「あなたが大切である」というメッセージを端的に効果的に伝える方法です。

そして、人を動かすには自由な環境を作ることが重要です。幼児が自分で立ち上がるのが敬礼や強制によってではないように、自由だと思えれば人は自然と動き始めます。大事なのは人を「動かす」ことではなく、「動けるようにする」ことです。自由に動けないのは、それを抑え込む何かがあるからであり、その原因を見つけて取り除けば人は動き出します。そこには良い意味での安心感も欠かせません。自由と安心感がどのような関係にあるかは、イソップの寓話の「太陽と北風」という話が教えてくれている通りです。

組織を動かすにはどうすればよいでしょうか。組織には他者の状態と自分の行動を適合させようとする力が働いているため、一人ひとりを自由にすることに加えて、それぞれのつながりにも目を向ける必要があります。人と人がプラスの効果を与え合うためには、互いの強みに焦点を当て、未来を語ることが重要です。また、信頼の土台となる公正さも欠かせません。

私たちの優れている点は何か、得意なことは何か。何を求めてここに集まり、どこに向かおうとしているのか。実現したい未来は何か。人間のエネルギーは、自分の強さを知り、未来を思い描くことから生まれます。人間の意欲や行動を引き出すものは、常に未来の希望の中にあるからです。

組織が動いた私の個人的な体験をお話しします。

総合商社に勤めていた2000年頃、当時私の所属する営業部門は業績が振るわず、新しい施策を講じなければならないという危機感から、若手中堅30名ほどの社員によるタスクフォースが立ち上がりました。

40代前半で一時的に業務部に籍を置いていた私は、そのタスクフォースにオブザーバーとして参加しましたが、すぐにある違和感を覚えました。そこで行われていた議論は業界や取引先などの他者分析ばかりで、「我々はこうしたい」という一人称の会話がほとんどされていなかったのです。「どう稼ぐか」の議論ばかりで、「何のために稼ぐか」という議論がまったく行なわれていませんでした。

もちろん、環境分析は重要です。しかし、それは「我々はこうしよう」という主体的な議論につなげなければ意味がありません。本来、皆が実行主体であるはずなのに、他者や業界の分析ばかりに終始し、堂々巡りしていたのです。

ほとんどの会社では「どう稼ぐか」は議論されても、「何のために稼ぐのか」という話はあまり出てきません。予算を達成し、売上と利益を伸ばすことが自分たちの責任だと思い込んでいます。私の所属部門も、効率性が重要だと言って大きな取引先ばかりに目を向け、商社の機能を必要とする小さな会社を「間尺に合わない」と言って相手にしていませんでした。

大きな取引先は財務的な体力があるため、大きな与信(信用供与枠)を設定できますが、その財務体力は過去の実績の結果であり、未来の可能性を示すものではありません。さらに、そうした体力のある会社は商社をそれほど必要としていません。一方で、創業間もないベンチャー企業は、やりたいことは明確でも財務体力が不足しています。彼らこそ、まさに商社の機能を求めていました。

売買を仲介し与信で稼ぐビジネスから、会社の未来に投資し、その成長から収益を得るビジネスへと転換する。「我々がすべきこと」の視点を大企業との取引から、ベンチャー企業の支援育成に変えた時、タスクフォースの議論は一気に熱を帯び始めました。未来を語り始めた瞬間、集団が動き出したのです。

あのタスクフォースは、未来を語り、強みを語ることが組織を動かす鍵であることを学んだ貴重な体験でした。

そして、組織を動かす上で欠かせないのが、公正さという集団の土台です。組織は人と人がつながってできているため、お互いの信頼がなければうまく機能しません。信頼を支えるのが公正さであり、公正であることは組織を健全に機能させる上で絶対に不可欠なのです。

6.ファーストペンギンとセカンドペンギン

ビジネスの世界では「ファーストペンギン」という言葉がよく使われます。ファーストペンギンは、群れの中で最初に水に飛び込むペンギンのことで、リスクを取って新しいことに挑戦する人物を意味します。最初に飛び込むペンギンが他のペンギンに安全であることを示し、群れ全体を引き連れていく役割を果たします。スタートアップやMBAの世界では、ファーストペンギンは「価値ある人材像」の例としてよく語られます。

「セカンドペンギン」は、より慎重に行動する人々を指します。セカンドペンギンは、ファーストペンギンの行動を見て安全性や成功の可能性を確認し、「どうやら大丈夫そうだ」と思えばその後に続きます。彼らは先行事例からリスクを評価し、安全を確認してから新しい挑戦に参加するのです。

人々の注目はファーストペンギンに向かいがちですが、組織を運営する上ではセカンドペンギンの存在が重要です。新しいアイデアやプロジェクトを一過性に終わらせないためには、それを大きな流れに変えて組織全体に浸透させるセカンドペンギンの存在が不可欠です。

不思議なことに、どんな集団にも必ずファーストペンギンが存在します。新しいことが生まれない保守的な会社や組織にも、潜在的なファーストペンギンが必ず隠れています。しかし、そうした会社や組織では、ファーストペンギンは危険な存在と見なされ、首輪をつけられ紐で縛られています。誰かがそのペンギンの首輪を外し、紐を解き放てば、ファーストペンギンは自ら海に飛び込んでいくのです。

ファーストペンギンを見つけて解放することで、組織に動きが生まれます。ただしその時、セカンドペンギンたちはまだその動きをじっと観察しています。セカンドペンギンが後を追って海に飛び込むためには、ファーストペンギンが正しい位置から飛び込んだか、飛び込み方は上手だったか、さほど危険はなさそうかなどを確認できることが必要です。この確認に使われるのが「普遍的な重なり」です。普遍的な重なりが、ファーストペンギンとセカンドペンギンをつなぐのです。

セカンドペンギンが海に飛び込んだ時、組織が動いたと言えます。

慎重な観察者であるセカンドペンギンは、ファーストペンギンとの間に距離を感じたら後に続こうとはしません。ファーストペンギンがいかに活躍しても、それだけでは組織は動かないのです。

セカンドペンギンは、自分たちの集団が公正かどうかをじっと観察しています。特別扱いされなくても、彼らは集団が公正だと感じれば信頼して後に続こうとします。しかし、自分が不当に扱われるかもしれないと感じれば、決して動こうとしません。普遍的なつながりを作るには構成員の信頼が不可欠であり、その信頼の基になるのが公正さなのです。

ピーター・ドラッカーはこのように言っています。

「育成が最も必要なのは、後任候補や昇進候補という花形ではない。昇進させるほど優れてはいないが、解雇するほど劣ってもいない人たちである。組織の中の人間のほとんどが彼らであり、彼らが事業の実際のマネジメントのほとんどを行っている」

ピーター・ドラッカー『現代の経営』


★ 希望のマネジメント  

  第7条 「普遍的な重なりを作る」


<本章のまとめ>

  • 人間を地上で最強の動物にしたのは組織を作る能力である。

  • 組織の要件は目的、要素、つながりであり、組織の本質は分業にある。

  • 組織は強みを束ね、弱みを無用にする。強みによって貢献することで、人は自負を感じることができる。

  • 組織には遠心力と求心力が働いている。遠心力は「私益の追求」または「小さな自由」であり、求心力は「他者との適合性」または「大きな自由」である。この2つはどちらも人間の本能に根差している。

  • 「普遍的な重なり」が自由を支え、自由を統合する。普遍的な重なりを作るのは、集団の理念、価値観、規範、ルール、制度、情報である

  • セカンドペンギンが動いた時、組織が動いたと言う。セカンドペンギンは、公正さを観察している。

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