なぜ生きる

 最近、時々、なぜ生きているのかと自分に問うことがある。
 なぜ生きているのか。
 暗い問いかけではなくて、ただただ、なにもないなと。

 まっさらな日々を生きている気がする。
 何をするでもなく、ただただ時間をむさぼって。

 焦ったりもする。
 なにもしていない自分に。

 結局、私にあるのは小説だけで。だけど、小説だって常に書ける訳じゃない。むしろ書けない時のほうが多い。
 小説は心を、感じたものを切り取ってできる。日々心を停止している私には、難しいことをしている。昔はたくさん心を動かしていたのか、それとも単に書くことにたいしてやりたい放題だったからかよく書けていたけど。

 なぜ生きているのだろう。
 なんのために、私は生きているのだろう。
 何がしたいのだろう。小説を書きたいのだろう。それにしがみついているだけじゃないか。小説以外にはなにもない。小説だけでなにか悪いのか。小説は好きか。私は好きなことだけをしたい。小説を好きになりたい。小説を好きだったはずだ。今は。嫌いか?

 最近、なにかを成し遂げている人をよく見る。なにか目的のために頑張っている人。素敵だなと思う。生きているな、とも。
 私はいつも中途半端だ。
 決めたことをやり遂げられない。
 小説を書ききろうとしているけど、何度も立ち止まってしまう。ずっと走り続けるほうが無理だろう。きっと私は自分に厳しすぎるのだ。わかっている。それでもままならないそれに、苛立って焦ってしまうのだ。

 成し遂げたい。
 書ききりたい。
 でも、全然進まない。
 亀でも進んでいる。
 本当に?
 何度も疑ってしまう。私は疑い症なんだ。自分を信じられたことなんて、あっただろうか。最近は自信があるような発言をするようになったけど、心根はまだ卑屈なままだ。

 自分には劣等感なんてないと思っていた。自信があるからとかじゃなくて、純粋に、感じたことが、自覚したことがなくて。
 最近は少しわかる気がする。

 今書いているもの、本当に終わるのか、とてもとても不安だ。怖いと思う。
 何度も投げ出そうとしてやめて、なんとかやっているけれど。
 書ききれるかな。書ききりたいな。


追記

 なんで、泣いてるのかわからないけど……。
 ずっと捨ててきた心があるんだぜ。
 具体的に、涙の理由をわかってあげられないけど。
 わからないけど、きっと辛かったんだぜ。
 生きる理由はわからないけど、頑張って生きてきたんだぜ……。

 もうちょっと頑張ろうな、とも思うし、少し休もうなとも思うな。
 反対なこと言わないでよ、難しいじゃん。

 捨てられてきた心……捨ててきた心……少しずつ拾っていこうな。

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春野訪花
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