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今年もティンジャンを祝う人がいなかった

ミャンマーでは一番暑い頃、4月17日に新年がやってくる。その新年の前の4日間は1年の災いを洗い流すため、みなで水をかけあう。ティンジャン(ダジャン)と呼ばれる水かけ祭りで、タイのソンクラーンと同様の祭りだ。

ところが、2020年は新型コロナ、2021年はクーデターと2年続けて誰もティンジャンを祝う人がいなかった。2022年、軍はティンジャンを利用しようとした。国が平常に戻ったのということを内外に示そうと、国民にティンジャンを祝うよう懸命に宣伝したが、ほとんどの国民は応じなかった。そして今年もティンジャンがやってきた。

水かけ初日の13日の午後、表に出てみた。太陽が熱い。スマホを見ると気温37度、体感温度45度と出ていた。遠くからドッドッドッドッというEDM系の音楽が流れていた。音楽の方に向かうと、向こうに小さなマンダ(ステージ)があった。その前で踊っていたのは3名の男たち。マンダの上には数名の人たちがいて、踊っている3人に向けてホースで水をかけていた。

本来のティンジャンでは、水をかけてもらいたい人や車で大混雑が起きる。しかし、向こうのマンダではたった3人が踊っているだけだ。彼らは軍関係者なんだろうか。近くに行って写真を撮ろうかとも思ったが、今はとても危ない。不審者として兵士や警官に捕まる可能性が高いので遠くから眺めるだけにした。

突然近くで声をかける人がいた。声の主はビアサイン(飲み屋)に座っていた。顔なじみのMさんだ。彼は、友人と二人で昼間からウイスキーを飲んでいた。マンダのことを聞くと、軍が設置したものだと彼らは言った。向こうに行ってみないのかと聞くと、
「暑いからね」
と、空を指差し、その手を胸においた。とても嫌そうな彼らの表情を見て納得した。そりゃそうだ、軍のマンダに行くやつの気が知れない。

独立系メディアの報道によると、公務員の一部が強制的に水かけに参加させれているという。また、郊外の貧しい地域では一人5,000チャット(約230円)で参加者として雇っているいう噂があるが、真偽のほどはわからない。

ダウンタウンへと向かった。例年のティンジャンだと、家を出て3分もしないうちにびしょ濡れになる。近所の子どもたちが誰かまわず水をかけるからだ。しかし、今年は(去年も一昨年も)全くいない。そもそも9割くらいの店は閉まっているし、人通りも少なかった。車もいつもの2割程度しか走っていない。そこで、ヤンゴンで最も大きいという、シティーホール(市庁舎)前のマンダを見に行くことにした。

市庁舎は、ヤンゴンのランドマークであるスーレーパゴダのすぐ横にある。そのスーレーパゴダに向かっていくと車道に車止めが置かれ、そこから先は車は入れないようになっていた。歩道は歩けるので先へと進んだ。向こうから軽快な音楽が流れてきた。ダジャンモーというティンジャンでは最も有名な曲のひとつだ。クーデター前までだったら、私はこの歌と聞くと一緒によく口ずさんでいた。しかし、今はまったく違う。スーレーパゴダに近づくと人通りが少なくなり、出会う人は怖い顔をして押し黙っている。明るい曲が逆に街の異様さを引き立てていた。

そうだった、4月11日にザガインのパジジー村で160人以上の村人が軍による空爆で殺された。犠牲者の中には多くの幼い子どもたちもいた。虐殺が起きたのはつい2日前の出来事、楽しくティンジャンを過ごせるわけがない。

シティーホール前のマンダはここからは見えなかった。もう少し進めばマンダも見えてくるが諦めた。人影はまばらになり、あたりには緊張感が漂っていた。シティーホール周辺のビルには狙撃兵が待機しているという報道もあった。軍が主催するマンダを妨害する人間がいたら射殺せよと命令が出ていると報道に書かれていた。こんなところで頭を撃ち抜かれたらたまらない。おとなしく家に戻ることにした。

家への帰路、市庁舎前から流れていたダジャンモーの歌が今度は頭の中に流れてきた。みんなが喜びながら水をかけあう光景も頭の中に蘇った。来年こそこの光景が本物になりますように。


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