エッセイを書きたい日
人の誕生日を覚えるのが苦手だ。家族や恋人の誕生日はかろうじて覚えているけれど、たまに「あれ…?」と不安になったりするくらいには苦手だ。
そんな私が珍しくリリース日をはっきりと覚えている曲がある。ギタリストの関口シンゴさんの「Recollection」という曲だ。
この曲は2020年9月30日にリリースされた。リリースの5日ほど前、ふと気づくと関口さんのYouTubeページなどのヘッダーが曲名とリリース日の記された画像にそっと変わっていて、静かに歓喜した。その時点ではまだご本人や所属レーベル(origami PRODUCTIONS)から新曲のリリース日などの詳細は発表されていなかったからだ。(その数時間後にちゃんと発表されました)
その日から、私にとって初めてリアルタイムで関口さんの新曲リリース日を迎えるまでの数日間、何度となくその画像を眺めた。どんな曲なんだろうと楽しみでワクワクする気持ちと共に、そこに記された「2020.09.30」という日付がしっかりと心に刻み込まれたのだと思う。
リリース直後、この曲を初めて聴いた時の印象を断片的に挙げてみる。陰りと柔らかい陽の光。寄せては返す波のような、変わらず時を刻む古時計のような、穏やかさと温かさ、懐かしさや安心感。切なくなる気持ちと前向きになれる気持ち。とにかく優しく寄り添ってくれる曲だと思った。
翌2021年の"Spotifyまとめ"の結果は、やっぱりこの曲が私のトップソング(一番聴いた曲)になった。
関口さんの音楽に出会ってそのギターの音色の心地よさに衝撃を受けたのは2020年の春のことだ。(出会いの曲についての話は既に別のnoteで書いている)
その後ひょんなことから自粛期間中に毎日配信してくれていたインスタライブを見るようになり、すっかりファンになるまでそう時間はかからなかった。当時の思い出深いエピソードはたくさんあるけど、1つだけ個人的な回想録を書いておきたい。
連日のインスタライブで専門的な音楽の話やゆるく楽しい雑談や贅沢なギターの演奏をたくさん聴かせてもらい、ほどなくして関口さんのソロ作品の音源を買うに至る頃には、もう十分1人のアーティストとしてかなり好きになっていた。配信中、関口さんのオリジナル曲の演奏を聴いて初めて涙した日のこともよく覚えている。(それも書きたいけど長くなりすぎるので割愛…)
そんな2年前の4月末のある日のこと。
インスタライブのエンディングで毎回弾いてくれているカバー曲があるのだけれど、その日の演奏がいつにも増して素晴らしくて、いつもの倍近い時間をかけて弾いてくれた演奏に関口さんがその日話してくれた真摯な思いが全部込められている気がして、どうにも泣けてきてしまった。
その演奏を聴きながら、もっとちゃんとこの人の音楽のいいファンになりたいなという気持ちがあふれてきた。いいファンというか、もっといろんなジャンルの曲を聴いて、知ろうとしていなかった音楽の知識にも少しは自分から手を伸ばしてみて、この人の音楽を自分なりにもっと深く楽しめるようになりたい、という気持ち。
他にも特別に好きで応援しているアーティスト、バンドはいるけど、そんな気持ちになったのは初めてだった。
それから本当に少しずつ自分なりに音楽の聴き方が豊かに変わっていったと思う。そして2年以上たった今も、相変わらず毎日のように(というか音楽を聴ける日は毎日)関口さんの曲やギターの音を聴いては、しみじみといいなあと思っている。一番最初に引き込まれた時と同じように、いつ聴いても引き込まれて聴き入ってしまう何かが関口さんのギターの音にはあるのだ。
どうしてこんなに飽きもせず聴きたくなるのかと自分でもたまに不思議になる。他のアーティストの音楽はインストでも歌ものでもどんなに好きな曲でも、聴きたい時としばらく聴かなくても平気な時が普通にあるからだ。
でも最近ふとした時に思い至った結論は、私は本当に関口さんが鳴らすギターの音がすごく好きなんだな、という究極にシンプルなものだった。聴いていて落ち着いたりときめいたり切なくなったり、とにかく心地いい憩いの音なのだ。
音楽を聴いて感じる"心地いい"という感覚は昔から知っていたはずだけど、こんなに連日聴きたくなるような心地よさを特定の誰かの音に感じることは今までなかった。
そして、そんな心地いいギターの音に導かれて知った関口シンゴさんという人は、物腰が柔らかくて話す声からも内面の優しさがにじみ出ていて、真面目さとユーモア、丁寧さとゆるさを絶妙なバランスで兼ね備えた、それはもう温かみのある人だった。
楽器の音でも歌声でも、出会った瞬間その人の出す音にぐっと引き込まれたら、その引き込まれた度合いや瞬発力みたいなものが強烈なほど、後々その人の言葉や考え方や人柄もすごく好きになるものだ、と個人的な経験則として分かってきた。不思議だけど、本当にその人の中にあるものが音に出ているのだなあと思う。
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今回は「Recollection」というタイトルの曲のリリース2周年に寄せて、少しだけ2年前を振り返って書きたくなってしまった。やはりエッセイは書きたいと思った時になるべく書いておくのがいい。
過去が少しずつ記憶の底のほうにしまい込まれて薄れていくのは目の前の今を生きるために必要なことだけど、大切な思い出はたまにこうして丁寧に取り出して、その存在を確認したくなる。懐かしい気持ちで眺めて、忘れないように何度でも心に刻む。
ただ、何年たっても忘れないと自信を持って言える出来事でも、それについて自分がどう感じたか、具体的にどんなことを思ったかということを細部までずっと覚えていることは、5年後、10年後…となるときっと難しい。だから自分の言葉で書き残しておくことは他の誰でもなく自分のためのささやかな宝物になるのだ。
今日も関口さんのギターを聴きながら、好きな音楽がそばにある暮らしは本当にいいものだなと出会えた幸せを噛みしめる。「Recollection」のリリース記念日に書き始めて結局公開するのは少し遅くなってしまったけど、今年の9月30日はゆっくり思い出を振り返りながらエッセイを書きたくなる日だった。