真相は藪の中
母は幼い頃に事故で実母を亡くしています。
そのため、思春期の頃から父親と兄のために炊事や掃除など家事全般をこなしてきました。
井戸から冷たい水を汲んで・・・という、そんな時代です。
年頃になり就職先が決まりかけていた頃に父親が再婚。就職と同時に家を出る母。
ほどなくして一人の男性と出逢い結婚。3人の子宝に恵まれる。
そしてそれは長子である私を出産した時のこと。病室の枕元に亡き実母の幻影が現れたそうです。
優しいまなざしで初孫を見つめるその姿に、母は涙があふれて止まらなかったと言います。
「不思議なことに怖いという感覚は全然なくて、ただ嬉しくて涙が勝手にどんどんあふれ出てくるの」
それは妹と弟が産まれた時もそうでした。
「継母に悪い気がして、この事は誰にも言えなかったけどね。子供が産まれるたびに会いに来てくれたんだと思う。優しい顔をした母さんの姿は今でもはっきり思い出せるよ。あの頃もお母さんのこと思い出しては、こっそり泣いていたのよね」
・・・・
私が田舎で小学生をしていた頃。ある日、母が私にこう言いました。
「もう一人、妹か弟が欲しくないかい?」
突然の投げかけに驚ました。そしてくすぐったい感じ。
『妹か弟?赤ちゃんってこと?へぇ。可愛いだろうなぁ…』すぐに楽しい気持ちになりましたが、と同時に妙に照れくさい気持ちにもなり。つい、気持ちとは裏腹に
「うーん、おやつの分け前が減るからいらない」と答えてしまったのです。
密かに『妹か弟ができるのかぁ』と嬉しい想像をしていたのにもかかわらず…。
新しい妹か弟の話はこの日が最初で最後でした。結局、私達は3人姉弟のまま現在に至ります。
そういえば・・・
母が枕元に立つ亡き実母の話をしてくれた時、
「子供を産むたびに会いに来てくれるなら、また子供を産みたいな。またお母さんに会いたいな…また会いに来てくれるかな」
寂しそうな表情で…確かにそう呟いていたのをずっと後になって思い出したのです。
ひょっとして母は本当にもう一度、亡き実母に会おうとしていたのかな?母に会いたくて子供を産もうと思ったのかな?
私の「いらない」の一言で、あきらめたんじゃないのかな?
なんとも複雑な妄想に堕ちてしまいましたが、さすがに聞けなくて。真相は未だ分からずじまい。
ひょっとしたら想像し過ぎなだけかもしれないけど。
・・・だといいんだけど。