残忍なる罪人
昔々、海沿いの小さな田舎町を走る小さな国道も今ほど整備されておらず、その道路沿いには小さな砂浜や小規模の海水浴場があった頃のお話。
私が小学生だった当時、ここらで唯一の衣料スーパーの脇には、まだ埋め立てられる前の小さな砂浜がありました。近所の漁師さんが沖へ出るためだけの小さな砂浜。スーパーも砂浜も国道沿いにあるので大人たちの目にも触れやすく、子供たちは砂場感覚で遊べる波打ち際でした。
そこで友だちと遊んでいた時のこと。
ふと気づけば私たちの近くまで二つの人影が近づいて来ていました。
『おばあさんと孫』であろう二人組。しかし単なる散歩にしては明らかに様子が違います。
私たちとは少し離れてはいたものの、こちらには全く目もくれず二人はどうやら揉めているみたい。
『孫』は小学校低学年であろうか。私達よりほんの少し年下だと思われる少女は「いやや、いやや…」と泣きながらおばあさんにすがりついている。
しかしおばあさんは孫の申し出など聞き入れるつもりななく、手にしていた小さなダンボール箱から何やら小さなモノを無造作に掴み取っては、海に向かって放り投げ始めました。
それはまるで紅白歌合戦や運動会の最後に行われる玉投げのように…。
「ひとーつ、ふたーつ」といった感じで、片手に収まるほどの小さな物体を無造作に放り投げます。
やがて「玉投げ」も5〜6回ほど繰り返すと箱の中は空っぽになり、おばあさんはいそいそとその場を離れ、国道へと向かって歩き始めました。少女も泣きながら祖母の後をついて行くしかありません。
後ろを何度も何度も、振り返り振り返り…。まるで波間の泡沫に口惜しさを残すかのように…。
さて。あのおばあさんは一体何を海に放り投げていたのか?
予想が外れていることを願いながらも、その真実の確信を得るために私たちは、二人がいた場所へと走り出してました。
溺れている仔猫を助け出すために・・・
そう。悪びれる様子もなく立ち去ったあのおばあさんは、生まれて間もないであろう仔猫を海に投げ捨てに来ていたのです。
私達は海に入り、ずぶ濡れになりながら、それでもどうにか三匹の仔猫を引き揚げることができました。
が・・・
救助の甲斐むなしく、ほどなくして仔猫たちは次々と息を引き取っていきました。
生まれたばかりの小さな命はその瞳もまだ充分に開かないうちに、永遠の眠りについてしまったのです。
私達は泣きました。
ポケットに入っていた薄っぺらのハンカチを小さな亡骸にかけ、しばらくその場から動けずにいました。
幼な心に初めて湧き上がる怒りという感情。何もできない何もしてやれない、幼くてちっぽけなだけの自分達に震えるほどの悔しさがこみ上げて来ました。
しかし不思議なもので、こんなに残酷な出来事を目の当たりにした小学生ですが、幾日が過ぎた頃にはすっかり忘れてしまいました。
そう。
その記憶はすぐに消えてしまったのです。
大人になる頃、思い出す機会がありその記憶は蘇ることができましたが、それまでの約20年間は記憶からすっかり消えていたのです。
残忍なる幼い脳髄もまた罪なものであるという、そんなお話。