FILE1 おわりのはじまり 006
神の光かとみまごうほどのまばゆい光が天空でスパークした。
その光に魅入られたたくさんのいのちは、一瞬にして終わりのときを迎えた。
人間だけではなく、動物や植物や、地球上の数え切れない生命が、蒸気のように消え去った。
逃げ出す人々。叫び声さえも聞こえない。声を出すいとまさえなく、息絶えるいのち。
かろうじて生き残った人は塀を乗り越えて、周囲を押しのけて一目散に走り去る。
どこへいけば安全なのかなど、誰ひとりとしてわかってはいない。
ただ、本能の命じるままに、ここではないどこかへと逃げ込むために、人々は走りつづける。
泣き叫びながら、あてもなく走り続ける人々。
耳をつんざく子供の絶叫。
クサリに繋がれたまま飼い主に放りだされ、逃げる術をなくした犬たちが上げつづける悲壮な声。
木々が燃える。
家が燃える。
人が燃える。
自然が長い年月をかけて育んできたあらゆるものが一瞬にして燃えつきた。
壊れていく建物、消えていく人々。
人々は黒い涙を流し、生き残ったことを神に恨むことになる。
太ったネズミが走りまわる生活排水で汚れきった川の中に多くの人が飛び込む。乳飲み子を抱き、幼児を抱えた母親が髪を振り乱し裸足で走る。大きな荷物を抱えたおじさんが血相を変えて走りさる。途中、老婆にぶつかっても、それを振り返りもせずに逃げ去っていく。地面に横たわった老婆は、立ち上がる気力も失って座り込んでしまう。
すべての人が血相を変えてさまざまな方向に走り続けていたけれど、どこへ逃げれば安全なのかも、何が起こっているのかも、誰も何も知らなかった。
急いで逃げようとした人々があちこちで交通事故を引き起こした。燃え上がった車の中に取り残された子供が泣き叫ぶ。その子の親だけがガラスを割ろうと大きな石を持って狂ったように必死になっている。誰も助けようとはしない。そんなたくさんの交通事故の影響で、道路は恐ろしいほどに渋滞をしていた。
我先に逃げようとするすべての人の思念がからみ合って、一次的な事故や爆発での死者よりも、二次的な、それも人災での死者がどんどんふえていく。
死体を見ないふりをして走り続けてきた人は、転がっている死体になりたくなくて、それを踏みつけて前に進んでゆく。
「立ち止まれば、次に横たわるのは自分だ」と、その想いで人々は助け合うことも、思いやることも忘れて。
その顔からは愛や慈しみや優しさは消え失せ、憎悪と欲望がむき出しになり、獣のようなという表現を使えば、獣がおこりだしてその名を捨ててしまいそうなほどに、人は人ではなくなっていった。
その街角に立って、私はなにもできないでいた。何をしようとしても、すべてが両手をすり抜けてしまい、目の前で息絶えようとしている多くの人々の、そのうちの誰ひとりとして助けることができなかった。自分の存在が世界から引きちぎられ、別個の空間に立たされているようだった。私は自分の無力さに愕然とした。こころだけが痛くて、苦しくて、何もできない自分を呪った。
その時になってはじめて、自分が夢を見ていることに気がつくのだ。
夢の世界だと気づきながらもあまりにも惨たらしい現状をどうにかしたいと願い、それでも何をすることもできずに、涙を流しながらただそこに立っている。子供も、母親も、老人も、犬も、誰のことを助けることもできずに。
どうしてこんなものを見せられて、自分にはなにもすることができないのだろうか。
なぜ、こんなことになってしまったのだろう。
幼い頃の私がその夢を見て泣きじゃくって目を覚ますと、いつもお母さんがそばに寄り添って心配そうに私を眺めていた。
「大丈夫よ、大丈夫よ」そういって背中をやさしくさすってくれた。お母さんのやさしい匂いに包まれながら眠りについて、もう恐い夢を見ることはなかった。
やさしい手をなくしたあとは、夢を見てうなされるとそのまま眠らないようになった。テレビをつけて世界がまだ続いていることを確認すると、タオルケットにくるまったまんま朝の日が世界を照らしはじめるその瞬間をじっと待ちつづけた。
たとえば、この地球がまわり続けるために「生け贄」が必要ならば。
世界が滅びるのを止めるために「犠牲」が必要であるとするならば。
私がそれになりたいと強く願っていた。
すべてをあきらめてしまおうと、本気で思っていた。私のような女が存在している。そのことが世界を歪めているのだと。
世界にはつよくやさしい風が吹いていることも、朝には太陽が輝きながらのぼることも、美しく輝きながらもいつだって月が見守ってくれていることも、豪雨のあとですら空に虹がかかることも、想像することさえできなかった。ずっと長い間。ずっとずっと。