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春名尚子
2018年2月16日 05:19
ねえ、想像して。もしも世界を創造できるなら、どんな世界を創造する?それが、人類に与えられたたったひとつのカギだとしたら。あなたはどんな扉を開く?第一章件名:念のために添付ファイル:惑星のかけら お願い。 この添付ファイルを、絶対に見ないで。 もしも、もしもわたしに何かがあったとき、そのときはこれをあなたに託します。 大丈夫だったとき、ねえ、そのときは笑って捨てようね。
2018年2月16日 05:54
FILE ありがとう 芳明、いつもありがとう。 どうして、わたしがこれをあなたに宛てて書いているのか、自分でもよくわかりません。 でも、こうすることが一番いいのかな。芳明への手紙にすることで、やっとわたしの指が動きはじめたの。 芳明、ありがとう。わたしは、いつだってあなたに感謝をしているよ。 いつか、あなたがこれを読むことがあるのかなあ? わたしのひとりごとのような、この長い長いお話し
2018年2月16日 05:55
芳明の風景 再会 突然の失踪から一年が過ぎた頃のことだった。電車に揺られていた僕の目の前に飛び込んできたのは見覚えのある細い肩。明るい日差しが差し込む車内は、うすいヴェールがかけられたように、かすみがかっていた。そんな春の日差しの中で、そこだけがひときわ明るさを放っていた。「・・・」 何度も何度も、僕はこのシーンを夢で見てきた。 あわてて近づいて肩をたたくと、振り返るのは、彼女とは似ても似つ
2018年2月16日 05:56
FILE 『声』 胸が苦しくて、目が覚めた。 その強烈な圧迫感に耐えきれなくて、はっきりと。 目は覚めたというのに、胸の中ではまだ誰かの声が響いていた。夢の中からなにか得体の知れないものを連れて帰ってきてしまったのだろうか。わたしを呼ぶものは、なにかを必死に告げようとしていた。「誰? なにを言っているの? わからないよ」 いつもの部屋の、いつもとなにも変わらない朝。胸の中でわたしを呼びつづ
2018年2月16日 05:58
第二章FILE 逃避「人が死ぬところ、見せてやろうか?」 両肩をすごい力でつかんで、そいつはわたしを引き寄せた。すぐ目の前に、そいつの顔があった。落ちくぼんだ目、青ざめた顔。まっすぐにわたしを見据える両の目は、わたしの目を通り過ぎて、わたしの内側をのぞき込んでいた。位置的には合っているはずの視線が合わず、そいつの瞳の中にはわたしは映ってはいなかった。 わたしを見ているはずなのに、わたしを見て
芳明の風景 後悔 僕と彼女の部屋で首を吊った博史。あいつの遺書は、僕を打ちのめした。僕らは兄弟だというのに、あいつの考えていることを僕は少しも理解することができない。 君はどこへ行ってしまったのだろう。君が僕らの愛の部屋を出ていってしまったあと、僕の前からはほんとうに光が消えてしまった。 なぜ? 僕らはあんなに愛し合ったのに。なぜ君は突然に僕のもとを去ってしまったの。 それはきっと僕らが結
芳明の風景 子宮の宇宙 荒野の中、ただひとり。僕は空を見上げた。どこにいても同じなのに、僕はあの家ではなくここにいる。僕は結局、逃げてここにきた。彼女が消えてからすべてが煩わしくなった僕は、荷物をまとめて家を出た。長い時間飛行機に乗って、さらに車を走らせて。映画に出てきそうな荒野。犬の遠吠えまで聞こえてくる。 久しぶりに現れた僕の顔を見た途端、ジムは大きな声を上げた。「芳明、光を見つけたとそう
2018年2月16日 05:59
FILE 蝶 公園で目覚める朝も二日目を迎えた。どうしても眠れなかったあの日々を思うと、身体のつかれも、足の痛みも、少しもつらいとは思わなかった。よほど眠りこけていたのだろう。太陽はかなりの角度まで昇っていた。目が覚めたものの、なかなか身体を起こそうという元気は湧いてこなかった。しばらくベンチに仰向けに横たわったまま、空を眺めていた。 青い空がまぶしい。陰をつくってくれている木の枝や葉、けなげ
2018年2月16日 06:00
FILE 海へ 漁港を一望できる高台の、何十本もの木がそれぞれに存在を語りかけるその場所の一番大きながじまるの樹。その威厳ある木の地上に張り出した根っこの上にわたしは座っていた。それほど高くもない丘に登るのに、ゆっくりと一歩一歩踏みしめるように足を出さなければならないほどに歩き疲れ、陽射しに灼かれつづけた身体中が悲鳴を上げていた。 空と海の境目がどこだかわからないほどに空は青く澄み、海も青く輝い
2018年2月16日 06:01
第三章FILE 声 そこでは すべての存在が生命を謳歌している。 すべての個性は開花され 美しく、はかなく、厳しく あるがままに愛されている。 清も濁も混沌とし 静も動も同時に存在し 善も悪もまた和合している。 緑はただ緑として、花は花として。 風は吹き、雲は流れ、子どもたちは笑い、女たちも男たちもほほえんでいる。「ねーねー? えー、ぬーそーがぁ?(お姉さん、なにをして
FILE 幸せな明日「わからない。飛び込んだあとのことは全然覚えていないから。でも、すっごく気持ちがよかった。空を飛んでるような、はじめて自由を手に入れたような気がしていたわ」「逃げ出すことで手に入る、そんな自由が欲しいのか? 今を大切に生きることもしないで、手に入る自由が?」 キヨさんの言葉のひとつひとつが、優しいけれど厳しかった。「お月さまのように、自然の流れで暮らしていけば、なんの問題
2018年2月16日 06:02
芳明の風景 島の暑さは、すっかり僕のこころを自由にしてくれた。もちろん、島の暑さだけではなかったけれど。この島に渡るとき、僕はもう大阪に帰らなくてもいいと決意をしていた。家族と別れて彼女と生きることを選択していた。 飛行機に乗っているあいだも、バスで向かっているあいだも、彼女のそばに僕がいることを彼女が望んでくれるかどうか、その不安で僕はいっぱいだった。会いに行くのをやめてしまいたいほどの恐怖
FILE 想像 龍宮城の入り口の海。そのキラキラした浜辺で、わたしたちは時を過ごした。どうしても、ここに来たかった。わたしはそれを確かめに、来なければならなかったのだ。 龍の海へと飛び込む前、がじまるの根元で見た白黒の映像。それは、幼い頃から見飽きるほど見せられてきたあの夢のシーンだった。そして、それはここだった。 芳明とわたしだけのヒミツのおとぎ話の舞台と、世界が終わる夢の舞台が同じだなん
第四章FILE まかいの中の生命 芳明、覚えている? あの頃は、あなたにまだ伝えていなかった。わたしが見てきた「夢」のことを。「おわりのはじまり」が、あの龍の海だったということをわたしは誰にも言えなかった。 恐かったんだ。それを口にすると、ほんとうに空から飛行機が落ちてきてしまうんじゃないかって。 このきれいな島が真っ赤に染まってしまうんじゃないかって。 ほんとうは、いつもいつも