『神威』-Kamui- エピローグ
Epilog~新たなる時のはじまり
神威岬から沿道に下り、
俺は近くのレストランへと向かった。
此処では海胆が名物らしい。
食う気にもならないが、折角だからな。
独り言を呟いて、自分に苦笑いする。
結局、良く居る観光客とする事は同じだ。
建物近くの段差を上がろうとした時、
ひとりの女がヒールを溝に引っかけ、
転びそうになっているのが見えた。
思わず手を差し伸べる。
「……ありがとうございます。
こんな処にハイヒールで来てしまって」
礼を言う顔は、岬で出逢った女、その人だった。
「あ。また会いましたね」
自分の顔が赤らんでいないか、それを気にしながら、
俺は彼女に言葉を掛けた。
何て陳腐な文句だと、心の中で舌打ちをして。
「それで、思い出しましたか?
……それともまた、はじめから?」
分からぬ事と、知っていた気がする事が、
共に胸の奥で渦巻いている。
風は少し弱まり、人々のざわめきが聞こえてくる。
少し話をしませんか、そこの店で。
いつもなら、初対面の女性を誘ったりはしない。
だが、この時はそれが素直に口をついて出た。
「ええ。何から話したらいいのかしら」
神威岬には、「チャレンカの小道」があるんです。
この地を去る英雄を悲しんで、海に身を投じた女の伝説が。
歩きながら、彼女が語る。
「貴女なら、きっと
追ったりはしないでしょうね、男を」
問いかける俺に、さあ、どうかしら、と彼女が笑う。
今度こそ、名を尋ねようか。
いや、もう……。
北の海はいつも色が重いと、訳知り顔で俺に言った奴が居た。
帰ったら教えてやろう。
此処より澄んだ色は、他には無いと。
北の夏が駆け足で過ぎる前に、
見ておかねばならぬ事はまだ幾つもありそうだ。
俺はホテルに電話を掛けた。
滞在を延長したい。部屋の空きはあるか、と。
積丹ブルーの海が凪いでいる。
蒼は空と海を抱いて、何処までも広がっていた。
-- 完 --