クリスマスケーキを売っていた頃【#絶望のメリークリスマス 】参加記事
#絶望のメリークリスマス 参加します。
洋菓子業界にとり、かき入れ時はクリスマスとバレンタインである。私は20代の半分をその業務で潰した。MerryChristmasならぬ「メリー苦しみます(苦笑)」といった様相であった。
まず、休憩と食事時間が殆ど消滅する。12月24日夜まで毎日がサービス残業、規定外勤務、その超過分はどこかに消える(今では甚だ問題になる話である、昭和の御代の黒歴史である旨、ご理解賜りたく)。
業務内で収まることは胸三寸に納める。それが不問律であり、営業も製造部門も販売員も皆諦めきっていた。だから、そのことはよいのだ。
問題は「発注ミス」が生じた年、その悲惨な状況についてである。
「頼む!お願いだから、販売の皆でこの超過分を何個か買ってくれ!!」
クリスマスイブの朝、売り場に駆け込んできた営業部員、まだ20代半ばの男性が、開口一番にそう言って私たち販売員に泣きついてきた。
「どうしたんですか?一体」
「桁数を間違ったんだよ。50個を500個で発注したんだ。もうキャンセルが効かない」
……そりゃ効かないわ。当日だもの。何故今朝、それに気付いた。
そう問いたいと全員の目が物語っていた。だが、問うても詮無きこと、私たちは黙って各々の財布を開けたのだった。
かくて、営業終了後に包装台の上に何個かのホールケーキが並ぶこととなった。ストロベリーで飾られた生クリームの白いケーキには何の罪もない。お買い求めになったお客様たちは美味しく召し上がっておられることだろう。そう思いながら、私たちは包装台の上で切り分けることをしない丸ごとのホールケーキにフォークを突き立て、食べ始めたのだった。
「あーあ。明日は家族とクリスマスなのに。ケーキ、食べたくない」
「お母さんが食べなきゃ子供がガッカリするでしょ?」
「家族のいる方、主婦は大変ですね」
「ひとり暮らしのイブも大変よ。これがクリスマスケーキなんて」
互いに互いの境遇を労り合いながら、私たちは何とか一個のホールケーキ、直径27センチ・9号サイズを完食したのだった。その真犯人とも言える営業の某氏は、そのころ会社に戻り、上司に土下座していたらしい。
余談であるが、その彼は実家の家業(旅館を営んでいたと聞いている)を継ぐために、その半年後に退職した。クリスマスケーキの一件が影響していたか否かは不明のままである。
時は今、令和。今年はシュトーレンでも食べようかと思い、お店に予約を入れている。あの時から私はクリスマスケーキを食べなくなった。そろそろ食べてもいいかな、と思いながら、2023の今年も、生クリームのケーキとは距離を置いている。
拙稿題名:クリスマスケーキを売っていた頃
総字数:1070字(原稿用紙3枚相当)
山根あきらさん、何とも殺伐とした内容💦ご無礼を。企画、ありがとうございます。
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