見出し画像

殴り返さなかった理由。

書き仕事をしていた午後三時、中学校の保健室から電話。
中二の次男が、けんかしてけがをしたので、これから病院に連れていくから、すぐ来て下さい、とのこと。
「けんか?」

とても信じられないけれど、とにかく車であわてて病院に駆けつけると、
待合室に、次男が立ってて、問診票に何か書き込んでいる。
あごに、白い大きなばんそうこう。でもとりあえず元気そう。

隣に、電話をくれた担任の先生がいた。
まずおそるおそる聞いたのは、けんかの相手の、けがの程度だ。
いっしょに病院にきて手当しているのだろうか。
それとも、救急車で運ばれたとか?(ぞっ)

ところが「相手ならだいじょうぶです」
先生が言うには、次男が「一方的に殴られた」ので。

「???」

教室のみんなが寒がっているのに、その子がわざと窓をあけっぱなしにしたままだったので、次男が、一言言ったらしい。
それが、帰りの会の直前のことで、帰りの会が終わり、みんなで部活に向かう途中、込み合う昇降口のところで、いきなり「一方的に」殴られた。

ひたすら謝る担任の先生が、
いまにも血を吐きそうな、胃の痛そ~うな顔をしていたので、
それ以上はもう聞かなかった。
殴られたあごがぱっくりと割れ、四針縫って帰宅。

わからないのは、「どうして殴り返さなかったのか」
負けず嫌いで、反射神経もよく、体格も悪くない次男が、どうして、いきなり殴ってくるような相手に、反撃しなかったんだろう。
もし、でかい相手にいきなり激しく殴られ、反撃もできないほど恐怖を覚えたのだとしたら、心の手当が必要だ。登校できなくなるかもしれない。

おそるおそる聞き出そうとしてみたけれど、
ぺらぺらしゃべってはくれない。

帰宅後、担任の先生から電話。相手をうちに連れてきて、謝罪させたいと。
あわててリビングを掃除。

それから、次男が着ていたジャージに血がついていたので洗った。
洗面台にたまった水が、次男の血で真っ赤にそまり、そのまま排水溝に吸い込まれていくのを見た時、
おかしなもので、はじめて、むらむらと怒りがこみあげてきた。

(うちの大事な息子に、なにしてくれたんじゃい!)

ところが、
帰宅した主人は、いっしょに怒ってくれない。
「そういう相手に、みんなの前で恥をかかせたのが失敗だった。いい勉強になったな」
謝罪も結構と、先生にことわってしまった。

そしたらすぐに、相手のお母さんが半泣きの状態で、謝罪の電話をかけてきた。
私の怒りは、すうっと冷めた。彼女に同情したからだ。
私だって、病院にかけつけるまでは、次男が相手にけがを負わせてしまったかどうか、心配でならなかった。
もし次男が反撃にでていれば、私が彼女にお詫びの電話をかけていたかもしれない。

そう、ふしぎなのはそこだ。
どうして、殴り返さなかったんだろう。

主人も、そこはちょっと腹立たしいようだ。こそっと言った。「殴り返してもよかったんだぞ?」

すると、次男がぽつりつぶやいた。

「大会にでれなくなったらどうすんだよ」

そばに、野球部の仲間がたくさんいたので、大きなけんか騒ぎにしたくなかったらしい。
思いもかけない理由に、私はびっくりさせられた。
そして、あたふたしていた自分が恥ずかしくなった。
こいつ、いつのまにか、男になったなあ。

すると、そばできいていた長男が、
「こうきたらこうだろ」と、次男をさそって、こぶしをうまくよける実技指導をはじめた。(おい、どこでそんなことを覚えた)
「こうきたら、こう」「こう?」「そうじゃない、こう」
たちまち長女も三男坊も混じって、楽しい大武道大会に。

「笑うと傷が痛い」

ばんそうこうが痛々しい次男が、涙目になった。

 ――――

2006年に書いたblog記事を書き直したもの。
次男は今、小学校の先生やってます。



榛名しおりのnoteトップページはこちらから



ありがとうございます。サポートして下さったあなたのおごりでゆっくりお茶を頂きながら、次は何を書くか楽しく悩みたいと思います😊