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新生児集中治療室(NICU)のぬいぐるみが、みんなうつ伏せに置かれているわけ。

四人目の子どもが、産まれて五日目の朝。
生まれた産院で元気にしてたのに、突然、原因不明の高熱をだした。
こんな新生児が熱をだすなんて、普通では考えられないらしい。産院の先生はすぐに救急車を呼び、総合病院の新生児集中治療室(NICU)に移ることに。私もあわてて着替え、救急車に同乗。
救急車が右折左折するたびに、保育器の中で我が子がころころころがる。
あわてた看護師さんが、穴から両手をつっこんで押さえてくれる。

難しい顔をした各科の先生たちが、いろいろな検査をしてくれることに。
「ここにお子さんの名前を」
カルテをつくるため、子どもの名前が必要だという。
どうしよう、まだちゃんと決めていない。
主人が来るのを待ってもらい、消毒液のにおいのする病棟の廊下で、あわただしく名付けた。

高熱の原因がわからないまま、保育器の中で、ぐったりしている三キロもない赤ん坊に対し、私は、100パーセント責任を感じていた。少しは仕事を休むべきだった。パソコンの電磁波がいけなかった?悪いふうに悪い風に考えてしまう。
もしこのままこの子に何かあったら――そしたら、家の窓からパソコンを投げ捨てよう、金輪際仕事はしない、と、かたく心に決めた。
なにしろ、産後すぐということもあって、すごく思い詰めてた。家に帰って休みなさいと言われ、とりあえず家に戻ったけれど、いつ鳴るかも知れない電話から離れられない。

何日か過ぎて、熱が下がってきた。ミルクもよく飲む。
原因はまだわからないものの、おそらく大丈夫だろうということになって、ようやくまわりがみえてきた。

新生児集中治療室というところは、消毒薬臭くて、機械だらけ。
保育器の中で、手のひらにのるような子どもたちが、チューブとコードとばんそうこうだらけになりながら、声もなく横たわり、みんな、とりあえず必死で心臓を動かしている。
子どもの父母だけが、時間指定で10分ほど部屋に入れるんだけど、
我が子に指先でさわることしかできない人も多い。

でも、先生や看護婦さんたちは、いつも優しく励ましてくれる。
いつも、ディズニーのきれいな音楽がかかってる。
そして子どもたちが入っている透明な保育ケースの上には、可愛いぬいぐるみがおいてあるんだけど、それがみんななぜかうつぶせに倒れている。
つまり、ぬいぐるみの顔がみんな、赤ちゃんの方をむくようにおかれている。

(ああ、こんな世界があるんだなあ)

いっしょうけんめい生きようとしている小さな赤ちゃんたちがいて、
その子の生命力の強さを祈るしかない両親がいて、
ディズニーの音楽が静かに流れていて、
うつぶせにおかれたぬいぐるみたちが、子どもたちをじっと見守ってくれている世界。

あの静かで優しい世界を思うたびに、
ややもすれば見失いがちな「子育ての初心」に帰ることができる。
いともたやすく。

「元気でいてくれれば、それだけでいい。他には何も望まない」

(ちなみに、高熱の原因は、最後までわかりませんでした。四番目の子=三男坊は何事もなかったかのように全快、十日後に退院。先生方には「忘れちゃって下さい」と笑顔でいわれました。
パソコンも投げ捨てられずに無事生き延び、『アレクサンドロス伝奇』が五巻で未完に終わることもありませんでした。
あの高熱は、いったいなんだったんだろう)



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