Page1「嵐と共に」
暗雲が立ち込めた空は辛うじて保っていた藍色を失い、灰色の闇が広がった。空からは雷鳴が轟き、暴風雨が吹き荒れ、森の木々がざあざあと騒ぐ。川になり始めた道を、一人の男が大勢の人々に追われながら走っている。黒革のジャケットが雷光に照らされ、滝のような水の筋と金色の金具が鈍く光る。
「早く出せーー!!早く!!」
泥川のような道をブーツが抜けた瞬間、森の奥で男が叫んだ。ようやく道らしくなった道を踏みしめて更に速く走る。
遠くからかすかに合図の声が聞こえて、茂みから二人の少女が飛び出した。一人は金髪でパイロットキャップに古めかしいゴーグル。一人は白髪で右の前髪に銀の四角い髪飾り。黒いマントを着込んだ二人は、辺りの闇によく溶け込んでいる。
二人は近くの茂みからバイクを引っ張り出した。起こされた黄土色のバイクからは滝のような泥水が流れたが、表面は激しい雨ですぐに洗われ、二人はそれにためらうことなく乗った。
前に座った金髪の少女――イシアはハンドルに鍵を挿して回し、その横にあるノブを倒した。コシュー…という空気の音がシートの下から聞こえると、イシアはシート脇のペダルを思い切り蹴った。
ドルンッバババババ!ドルルルルルッ…
丸いヘッドライトが暗闇を照らし、メーターが明るく光ったのを見ると、後ろの白髪の少女――ナターシャは両手でシートの手すりを握って、発進に備えた。車輪が泥を巻き上げるとバイクは前輪を浮かせ、跳ねるように前へと飛び出していった。
激しい風雨と舞い散る木の葉が顔に当たって、イシアはゴーグルを片手で無理矢理掛けた。無骨なデザインのゴーグルは、イシアの視界を良好に保った。彼女はニヤリと笑った。
デコボコな滑る道を走り抜けると、Y字に道が合流する。イシアはもう一方の道を塞ぐようにバイクを停めた。奥に黄色い明かりや赤々と燃える松明がいくつも見える。灯りの元に漠然と多くの人だかりが見える中、確実に一人、かなり手前を走ってくる人物がいる。
「ブラスターだ。」
ナターシャが目を凝らして言った。彼女はバイクを降りてマントをイシアに預け、シートの下から白い軍帽を取り出して被った。マントの下は軍服で、肩や袖に金色の装飾があしらわれた、上から下まで真っ白な制服を着ている。上着の裾をはためかせて、ゆっくりと灯りの方へと歩いていく。
ブラスターがナターシャとすれ違う瞬間、一言ずつ言葉をかわした。
「後は任せて。」
「頼んだぞ……!」
イシアからマントを受け取ったブラスターが背後でバイクに乗って、ナターシャは前を見据えて仁王立ちした。
バイクが走り去り、ナターシャの背中を照らしたテールランプが弱まる頃、追いかけてきた人々が目の前に来た。様々な明かりが彼女を照らす。
「軍人か?」
ぶっきらぼうな非難とも疑問文ともとれない言葉を誰かがぶつけた。ナターシャは四角い髪飾りを触ると、その手で目を拭うような仕草をした。
「そう。私は天空連合軍、防衛部…SUF-D(サフ・ディー)の将軍。ここから先は、通せない。」
人々は明らかに苛立った表情を見せた。何人かは将軍が出てきたことに不満をぶつけた。ナターシャは腰に手を当てて、人々を少し見下ろすような視線を送っている。手は腰の警棒に触れて、指先で柄の端を叩いている。
バイクはさらに加速する。本領を出し始めたバイクは後輪両脇から蒸気を吹き出し、森の一本道を疾走していく。背後の灯りは小さくなり、すぐに霞んで見えなくなった。
鬱蒼とした木々がなくなると先に崖が見えてきた。その向こうに陸地はなく、暗い空と雲海だけ。イシアは手元のスイッチを押し、勢いよく崖から飛び出した。後輪に続いて前輪の両脇からも蒸気が吹き出すと、前後の車輪の脇からノズルのようなものがせり出した。車体の下からはヘリコプターの脚のようなバーが斜め下に張り出す。ふわりと華奢な車体が浮くと、ノズルが蒸気混じりに突風を吹き出した。バイクは雷鳴轟く空へと突き進んでいく。
ブラスターがちらりと走ってきた道を見下ろした。崖の向こうにナターシャと人だかりが見えたが、今はSUFの隊員が取り囲んで、煌々とライトで人々を照らしている。ナターシャは微動だにしていないようだ。
イシア達が向かう先には、ここまで来るのに乗ってきたSUFの船が黒い大きな影で見えている。ブラスターは何だか力が抜けてため息をついた。その直後、ガクンとバイクが揺れた。落ちそうになって慌てて手すりを掴むブラスター。
「おい!大丈夫なんだろうな!?」
「なぁーにぃー!?」
風の音で上手く伝わらない。
「大丈夫なんだろうなって訊いてるんだ!!」
「うるさい!!もうすぐ着くって!!!」
どこかに雷が落ち、爆音が鳴った。ブラスターはあまりの音に仰け反りそうになった。
「この天気以上にうるさいものあるか!!!」
暴風に振り回されながら、バイクはなんとか甲板にたどり着くことができた。
もちろんこの荒天では普通に着艦することはできず、斜め上から甲板に衝突するようなやり方で突っ込んだ。甲板で二人を待っていた隊員たちは青ざめて隅に逃げだし、バイクの脚は前半分がひしゃげて全体が歪んでしまった。横で座り込んでいる同乗者よりもバイクを心配するイシアを見ながら、ある隊員は呟いた。
「ありゃ着艦というより墜落だよ…。」
船では友人のカタリナとフィフィが気を揉んでいた。甲板から格納庫に泥だらけかつずぶ濡れな二人が帰還すると、フィフィが栗色の髪をふわりとさせて、笑顔で迎えた。
「おかえりなさい!」
フィフィがイシアに抱きついた。
「ただいまー!フィフィー!」
フィフィの服が砂まみれになった。
「良かったわ。雷まで鳴り始めて、どうなっちゃうかと思ったわよ。」
イシアより明るく、艶のある金髪をツインテールにしたカタリナは、イシアを見上げて不機嫌そうに言った。
「そうそう。急に天気が酷くなったよね〜。カタリナちゃん、段々落ち着かなくなってくるから、カタリナちゃんのことも心配になっちゃった〜。」
船のクルーがタオルを持ってきてくれた。イシアがそれを受け取る。
「ちょっ、ちょっと!そんな訳ないじゃない!」
フワリと待っている時の様子をバラされたカタリナは、いつものオールバックが台無しなブラスターを睨んだ。
「そもそもっ…あんたが遅れたからじゃないの!?」
「あ…?…あ!?バカ言うなよ!予定通りだ!!」
クルーからタオルを受け取りながら、ブラスターが言い返した。
二人が睨み合っているのをイシアとフィフィが微笑ましく見ていると、向こう側から偉そうな制服の男が一人歩いてきた。
「荷物は確かに確認した。依頼を済ませてくれてありがとう。報酬は、後日。いつもの運送料として振り込んでおく。では、帰還までゆっくりくつろいでいてくれたまえ。」
男が機嫌よく戻っていくのを、四人はじっと見つめていた。
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